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「でも目標はギリギリクリアしているんだ。何もあんなに親の仇のように言わなくてもなあ」
部長に吸い取られてすっかり魂の抜けている北部のマネージャー達に憐れみの視線を向ける。だが、明日は我が身だ。同情はしてやりたいが、こちらも気を引き締めないとな。
「津川、今日これから一杯やらないか?」
「坂井、車で来ていないのか?」
「うちの営業に送ってもらったんだ。八島さんのおかげで少しは早めに済んだからたまには行こうぜ」
俺は車で来ているんだが……。
まあ、代行を頼んで帰れば良いか。今夜は浩哉も用事があるから遅くなると言っていたしな。
坂井の提案を了承して、会議室から一階へと降りようとしたときだった。
「津川くん」
後ろからやけに高圧的に名前を呼ばれる。坂井と同時に振り返るとそこには中央地区の敏腕マネージャー、八島さんが薄く俺に笑いかけながら立っていた。
――嫌な相手に引き止められたな……。
「八島さん、お疲れ様です」
俺がかけた言葉に八島さんは満足そうに銀のフレームの眼鏡を人差し指で押し上げた。
同じように眼鏡をかけていても、こうも浩哉とは印象が違うのか。
八島さんは俺よりも十は上で、その一重の目元と薄い唇が冷たい印象を与える人だ。それでも営業の一線にいたときはかなりの成績を叩きだして、ひと月当たりの売上台数最高記録は未だに誰にも破られていない。滅多に表情の変わらない人だが、客の前では愛想笑いの一つもできるのだろう。
「真木は元気か?」
また浩哉のことか……。この人が俺に声をかけるなんて浩哉以外のことは無いか。
「ええ、元気ですよ。中央店にいた頃よりも毎日楽しそうに仕事をしていますね」
努めて明るく嫌味を交えた俺の答えなど気にもせず、「真木の成績なら分かっている」と八島さんは当たり前のように言った。
もう自分のところの部下でも無いのに、浩哉の販売成績はいつも把握してやがる。
俺と八島さんは普通に話をしているつもりだったが、どこかにピンと張った緊張の糸が見えたのだろう。俺の隣りの坂井がゴクンとつばを飲み込んだ。
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