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「何が『人事に正式に話をつける』だ。寝言は寝てから言えってんだ」
憮然とした顔でジョッキの生ビールを飲みほした俺に、据わった眼をしたままの坂井が枝豆を口に運んだ。
「たまたまてめえが中心地で立地の良い店に長くいるだけだろうが。とことん俺達のことを馬鹿にしているよな」
中央地区エリアマネージャーの八島さんへの愚痴を吐く俺に坂井は頷いたものの、どこか違う目で俺を見つめている。
「何だよ、坂井。愚痴ばかりでみっともないか?」
いや、と言った坂井は少し姿勢を正すと、やけに畏まった口調で俺に訪ねてきた。
「なあ津川。おまえ、もしかしてソッチの人だったのか?」
「そっちって?」
いや、だからな、と言いにくそうに顔をしかめた坂井は、周囲をチラリと見渡すと口許に手を添えて、
「おまえは男が好きなのか?って聞いている」
一瞬ののち、はあっ? と俺の驚きの叫びが賑やかな居酒屋の中に響いたのは言うまでもない。シーッと坂井が今度は口の前で人差し指を立てて、俺も口をつぐんだ。
「な、何でそう思った?」
焦って問い詰める俺に坂井は、
「だって真木と住んでいるっていうから。てっきり俺はおまえがソッチ系なのかとびっくりしたんだ」
「いやいや、さっき説明したよな? 真木の家が火事にあって……」
確かに俺は浩哉を恋人のように扱ってはいるが、だけど普通はそうは思わないだろう?
「別におまえ達が一緒に住むことになった経緯は疑ってはいないよ。だけど、今日の八島さんを見て、やっぱりそうだったのかって思ったんだ」
――やっぱりそうだった?
「まさか知らないのか? 津川」
「何を?」
不機嫌に聞き返した俺に、津川はまた周囲を確認した。そして、
「真木が中央を辞めた理由だよ。おまえ、どう聴いている?」
途中入社の浩哉がいきなり優秀な販売成績を続けて、プライドの高い中央の営業達の総スカンを食らい、おまけに子供じみた嫌がらせを受けていたことを坂井に話すと、
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