日常3

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 坂井が酔った赤い目を真剣に俺に向けてくる。 「八島さん、確実におまえと真木の関係を邪推しているぞ。真木の引き抜きどころか、おまえを潰しにかかるかもしれない」  あのオッサン、そんなに影響力のある奴なのか?  冷たい銀色の眼鏡のフレームから覗くカミソリみたいな目線を思い出す。 「中央店の店長も八島さんの言いなりだからな。八島さんが新しい販売店の責任者になったことに一番ホッとしているのは中央店の店長かもな」  まあ、気をつけるよ、と気の良い同僚に返事をして俺は何杯目かのジョッキを空にした。 *****  代行を頼んで坂井を自宅まで送ってから日付が変わる前に我が家へと着いた。  浩哉も帰っているのだろうが、家はどこにも灯りがついていなくて、俺は少しばかりの寂しさを感じた。そっと玄関を開けて中に入り、音を立てないように手洗いなどをすませると、軋む階段をそろそろと二階へと上がった。  ――さすがに寝ているかな?  基本的に俺達は平日は各々の個室で夜を過ごすことにしている。とはいえ、薄い壁で仕切られた部屋だから耳を済ませば互いの行動は分かってしまう。大体、浩哉は夜の十一時には布団の中に入って本を読んだりしたあと眠っているようだ。  ――どうしようかな。  浩哉の部屋のドアの前でしばし考え込んだ。別に今日の八島さんの件はいつもの通り浩哉の耳に入れなくてもいいのだろうが、この先、強引に浩哉とコンタクトを取りに来るかもしれない。それを考えると一刻も早く浩哉に話をするべきかとも思ってしまう。  うーん、としばらくドアの前で突っ立って、よしノックしてみるかと腕を上げたら、いきなりガチャリとそのドアが開かれた。 「陵介、おかえり。どうしたの?」  そこにはまだ眼鏡をかけたままのスウェット姿の浩哉が立っていた。 「あ、うん、ただいま……」  あまりのタイミングの良さに口ごもってしまう。  浩哉はきょとんとした顔で俺を見ていたが、やがてにっこりと笑いかけてくれた。その顔にホッと安心すると、途端に力が抜けそうになった。
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