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半ば独り言のような呟きに、まさか返答があるとは思わなかった。
「――君は、良い審美眼を持っているね」
ふいに耳元で囁かれた綺麗な声に、朱里はビクリと肩を跳ね上げる。
さらりとした金色の髪が朱里の頬に触れ、視界の左端にうつったエメラルドグリーンの瞳と目が合った。
ハッと息をのんだ朱里は勢いよく振り向く。
「……え?」
ところが、朱里の真後ろには誰もいなかった。
直前までそこにいたはずの、確かに視界の端にとらえたはずの人物は、どこにも存在しなかった。
辺りを見渡しても、それらしき人影はまったく見当たらない。
見る影もなく一瞬で消え失せてしまった。
後ろで鑑賞しているお客たちが、急に振り返った朱里を不審そうに見やっていた。
「そんなわけないじゃん。作りかけって、朱里何言って……どうかした?」
隣にいた夏美も、辺りを見回す朱里を見て不思議そうな顔をした。
「今、誰かに……」
夏美に言いかけて、朱里は口を閉ざした。
誰かに話しかけられた、はずなのに、振り返ったら誰もいなかった、なんて言えるわけがない。
幻聴? と内心で首を傾げる朱里だが、それにしてはいやにハッキリと、鮮やかな金色とエメラルドグリーンの色彩が瞼の裏に焼き付いていた。
一瞬とはいえ、確かに目が合った、はずだ。
「朱里? 大丈夫? 人混みに酔った?」
心配そうな夏美の声音に、朱里は慌てて首を振った。
「ううん、平気。そろそろ行こうか」
展示品の前であまり長く立ち止まっていると他のお客に迷惑だ。
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