第1幕

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封筒の中から出てきたのは一枚のカードだった。 <――今宵21時、“真実の造形美”を貴女の瞳にお届け致します。貴女の部屋の窓辺にて、お待ちいただけると幸いです。怪盗JIN> カードには、流れるような美しい字でそう書かれていた。 「……いたずら?」 朱里が眉を顰めるのも無理はない。 昨夜の怪盗騒ぎに便乗したいたずらか、はたまた模倣犯の犯行予告か、まさか昨夜の怪盗本人からなわけがない。 それに何より文章の意味が分からない。 “真実の造形美”をお届けする? 自分の部屋の窓辺で待て? 何かを届けに、怪盗が朱里の部屋のバルコニーにやってくるとでもいうのか。 そもそも朱里の部屋は5階である。 玄関ならともかく、窓から侵入できるわけがない。 警察に相談しようかと、朱里は一瞬考えたが、そこまでする必要はないだろうと思い直した。 きっと昨夜の騒ぎにあてられた誰かのいたずらだろうと。 警官だってこんなあからさまに怪しい物、いちいち真に受けてはいられないだろうし。 朱里は、封筒とカードを机の上に置き去りにして、それきり外出して戻ってくるまで、その存在をすっかり忘れてしまった。 *** 夜になり帰宅した朱里は、机の上に放置されていた白い封筒を見て、そういえば今朝きてたなこんな手紙と思い出した。 ちらりと時計を見れば、もうすぐ予告された時刻になるところである。 カードの内容を信じたわけではないが、万が一のためにと一応自室へ戻り、不審者がきたらいつでも通報できるように端末を握りしめて、カーテンを全開にした窓の外へ視線を向けた。 月明かりが差し込むバルコニーには、今のところ異常はない。 朱里は息を止めて身構えた。 カチリと時計が21時の時を刻む。 何も起こらない。 物音ひとつしない。 右に左にと素早く視線を巡らせるが、バルコニーに隠れるスペースなど存在しない。 おそるおそる窓に近寄り、外に誰もいないことを確認して、念のため鍵を外してそっと顔をのぞかせる。 勿論誰もいない。 いつの間にか緊張して張りつめていた身体に、夜風が気持ちよかった。
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