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やっぱりただのいたずらだった、と朱里がほっと安堵した刹那――夜空に浮かんだ綺麗な月を背景に、それは、音もなく降り立った。
「こんばんは、お嬢さん」
悲鳴を上げかけた朱里の唇に、静かに、とばかりにスッと白手袋に包まれた指先が差し出される。
悲鳴を飲み込んだ朱里は、腰を抜かしてへたり込んでしまった。
目深にかぶった白いシルクハットの鍔の下から、エメラルドグリーンの瞳がちらりと垣間見えた。
金色の髪が風に吹かれてさらりと揺れる。
朱里の脳裏に、昨日の昼間の一瞬がフラッシュバックする。
この綺麗な声を、朱里は聞いたことがある。
あれは、幻聴ではなかったのだ。
「驚かせてしまったようですね、申し訳ありません。突然の訪問の無礼、お許しください」
白いマントを風になびかせて、シルクハットを手に取った怪盗が恭しく一礼する。
逸る心臓をなだめて、朱里は呆然と声を絞り出す。
「貴方、は……?」
「通りすがりの、怪盗です」
唇に人差し指を添えてそう小さく囁いた怪盗は、静かに微笑んだ。
いたずらでは、なかった。
本当に、来た。
予告通りに、朱里の下に怪盗が現れた。
「本物の、怪盗、ジン? ……昨夜、ニュースでやってた」
朱里の問いに、しかし怪盗は肯定するでも否定するでもなく、さぁ、といたずらっぽく小首をかしげて微笑む。
なんでそんな人がここに。
端末で通報することさえ忘れて、これは夢かと瞬きを繰り返す朱里の心の声を読み取ったのか、怪盗がスッと小さな小箱を差し出した。
「お嬢さんに、どうしてもこれをお見せしたいと、言ってきかない者がおりまして……私はその代理として参上いたしました」
「私に、見せたいもの……?」
目を瞬かせて呟く朱里に、頷いて見せた怪盗が、白手袋に包まれた指で、濃紺の小箱の蓋をそっと開く。
「え、これは……“紅の星乙女”?」
小箱の中におさめられていたのは、昨夜盗まれたと報道されたばかりのブローチだった。
だが、朱里の記憶の中にあるそれとは形が違う。
「いいえ、その名称は偽りの名。本当の名称は“紅薔薇の微笑み”です」
それは、金の台座の上に、見事な造形美を体現した深紅の薔薇が花開いたブローチ。
「素晴らしい審美眼をお持ちのお嬢さんに、是非……この“完成品”を見ていただきたいと」
朱里は、怪盗の手の中の美術品に目を奪われた。
「なんて……綺麗なの」
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