第1幕

8/8
前へ
/67ページ
次へ
「それは貴女が、良い眼をお持ちだったからです」 シルクハットの鍔を持ち上げた怪盗の綺麗なエメラルドグリーンの瞳が、真っすぐに朱里を捉えた。 「その眼を持って“見入る”のは良いことです。しかしながら、見入るあまりに“魅入られる”のは大変危険です。……どうか、この忠告はお忘れなきよう」 愁いを秘めた眼差しに見つめられ、朱里は思わず息をのんで、胸の高鳴りを誤魔化すように言われた言葉を頭の中で何度も反芻した。 見入るのはいい、でも魅入られてはダメ。 シルクハットからこぼれる怪盗の金色の髪が、夜風に吹かれてさらりと揺れる。 「素晴らしい審美眼をお持ちのお嬢さん、お会いできて光栄でした」 バルコニーの手すりに飛び乗った怪盗は、マントの裾を掴んで胸の前まで持ってきて恭しく一礼した。 「ごきげんようお嬢さん、良い夢を」 そう告げると、怪盗はそのまま真っ逆さまに落ちていった。 あっ、と叫んだ朱里が慌てて手すりに駆け寄り、見下ろしたがそこにはもう怪盗の姿はどこにもなかった。 ***第1幕:Fin***
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加