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第一章 しらす女とBV男
「キャーッ、駿一く~ん!」
甲斐駿一は、夕陽を背に、美しいフォームでスパイクを決めた。
歓声が上がる浜辺が見える場所で、
しらすの入った箱を軽々と持ち上げ運んでいた広海は、
「うるさいなあ」と呟いた。
「ビーチバレーなんて、浜でボール遊びしてるだけじゃない」
2ヶ月前、広海の通う高校に転校生がやってきた。
3年生になってからの転校なんて珍しい。
受験を控えたクラスメイトたちは、今さら新しい友達を作る暇などないと、
面倒くさそうに迎えたのだが……。
それがイケメンとなれば、話は違う。
駿一は、長身のイケメンで、
女子生徒の目は、駿一に釘づけになった。
その上、スポーツ万能で、転校前までビーチバレー部に所属していたらしく、
自らビーチバレー部を作ってしまった。
あっという間に、駿一は町のアイドルになり、小学生からおばあちゃんまで、
幅広い年齢の女子が夢中になった。
そして、まだ肌寒い6月だというのに、砂浜に女子が溢れる羽目になったのだ。
ビーチバレーのせいで静かな浜辺に、大勢の人が押しかけてきた。
その人たちが海を汚すのではないかと、広海は気になって仕方がない。
浜辺の様子を伺いながら、しらす箱を片付けていた広海の前に、
ほろ酔いの釜本元が、歌を口ずさみながら現れた。
「よぉ、広海! 今日もイイ腰してるね~」
釜本が、広海の腰に触ろうとすると、
広海はサッと避け、その手をぴしゃりと叩いた。
「命の恩人に、何するのよ!」
30代後半だという釜本は、小麦色の肌を持つ長身で、なかなかのイケメン。
海を訪れる女たちの視線を集めることもあるが、
広海にとっては、いつも酒に酔っている『エロじじい』でしかなかった。
釜本との出会いは10年前。
広海は海に打ち上げられていた釜本を引き揚げ、
心肺蘇生措置まで施した相手だ。
この釜本、全国を放浪していたらしいのだが、
2年ぐらい前からしらす漁の時期だけ現れるようになり、
広海の父親と共に漁師をしている。
「広海ちゃんには、感謝してますよぉ」
調子よく言う釜本に背を向け、広海は仕事を続けた。
「日本一忙しい女子高生に、気軽に話しかけないでくれる?」
広海がキリッと言うと、釜本は真剣な顔をした。
「広海、ちょっと来てくれ」
「はい?」
釜本に強引に手を引かれ、広海は転びそうになりながら連れて行かれた。
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