第一章 しらす女とBV男

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「キィィィィィッ!エロじじいのやつ!絶対知ってて飼ったんだよっ!」 「あんまり怒ると、シワが増えるよ」 広海の隣で、涼しい顔でしらす焼きを頬張っているのは、親友の江島香奈だ。 ふたりは広海の自宅兼しらす加工品店『しらす浜』の前にあるベンチに座っている。 しらす焼きは、広海の母・由子がヒット作だと押す食べ物で、たこ焼きのたこの代わりにしらすを入れただけのもの。 そのしらす焼きをパクついている香奈に、広海は額に作ったシワをさらに深くして、声を荒げた。 「香奈は、どっちの味方なのよ!」 「どっちでもないよ。被写体としては、ビーチボーイの駿一も、イケじじいの元さんもサイコーだし。いい写真が撮れれば、なんでもOK」 香奈は、肩から下げたカメラを大事そうに抱えながら、器用にしらす焼きを食べていた。 いつでもカメラをぶら提げ、シャッターチャンスを狙う写真オタクの香奈は、 広海とは保育園の時からの親友だ。 高校では写真部に所属し、広海が部長を務める新聞部とはコンビで動くことが多い。 そんな香奈が今一番力を入れているのは、人気急上昇中の転校生・駿一の写真展を開くこと。 できれば、駿一の写真集を作って、それを文化祭で販売して小銭を稼ぎ、夢のライカを手に入れたいと思っている。 「犬が嫌いな広海が悪いんじゃん」 「だ、だって、犬は追い駆けてくるんだよ?!」 広海は幼い頃、海で大型犬に追い駆けられ、追い詰められて海に飛び込み、あやうく溺れそうになったことがあった。 以来、犬が怖くてしかたないのだ。 「かわいいのに」 動物好きの香奈は、理解できないという風に首を振った。 「あのさ、そんなこと話すために、しらす焼きおごってやったんじゃないからね!」 「え、違うの?」 「違うよ!進路相談のことだよ」 「あぁ……」 香奈は、誰もいない『しらす浜』の店内を見た。 閑古鳥が鳴いている店内は、商品がびっしり並んでいるが、売れないまま放置されているせいでホコリを被っている。 店の隅で、電卓を叩いている母・由子を見ながら、広海はため息をついた。
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