第1章

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中学の頃、「天才」というあだ名を持っていた僕は、もうこの世にはいない。 「入院されますか?」  二十二歳、上下リクルートスーツに身を包み、単身地方へ就活に来ていた、ある夏のことだった。  僕がこれまで過ごし育ってきた所は、高層ビルが立ち並び夜でもネオンの灯りが絶えない、所謂「都会」だった。しかし、空気は淀み、それに比例するようにそこで暮らす人々の心をも黒く汚すその空間は、心に影を落とした僕にとっては、生活するにはとても厳しい環境であった。  そこで、僕は、大学を卒業したら空と海が綺麗で、きっと人の心も綺麗だと期待できる、地方のN県で一人暮らしをすることにした。仕事もそこで見つける。両親の反対を押し切っての決断だった。 「笛吹さん?あなたの御意思はどうですか?」 「え……。あ、いえ。入院はしたくはありません……。」 僕は、苗字の響き通り、弱々しい返事をした。  ここは、N県の端に位置する病院だった。就活の合間に何度か通っている。実を言うと、四度目の診察日だった今日、僕はここで泣き叫びながら大暴れをしてしまった。診察中に部屋から飛び出し、他の患者で溢れ返る待合室を力いっぱい走り、受付の驚いた顔を見る余裕も無く、出入り口の自動ドアを拳で叩いて、外へ飛び出した。  幸いだったのは、外に車は通っておらず、僕は飛び出ても事故に繋がらなかったこと、自分が運動音痴なことですぐに息切れし、立ち止まったところを病院のスタッフに保護されたことだった。  外から院内に連れ戻され、部屋に通された僕は、看護師に注射を打ってもらい、ベッドに横にされ、やっと落ち着くことができた。  そこへ主治医が入ってきて、言ったのが入院の意思を問うものだった。 「そうですか。では、薬を出しておきます。お大事に。」 僕のNOの言葉を聞いた医師は、短く返事をすると、この部屋を後にした。
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