序章

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 人間は脆弱である。  故に、凶悪なるイディオットの脅威の前に、無力でひれ伏すしかないのだろうか――。  彼の訃報(ふほう)は、そういった思いに囚われさせるには充分だった。  その男の名はケレス。  腕利きの狩人としてこの町では評判だった。報せが届いたのは、彼が出立して三日目。清々しい朝のことである。 「惨いもんだったよ。身体はズタズタに引き裂かれて……可哀想だったが、俺も身一つでここへ来る途中だったんでな、仏さんを運ぶ余裕もなかったんだよ。それにな――」  話の輪の中心になっているのは壮年の男だ。紐(ひも)で繋いだ麻袋を肩にかけ、身に付けた軽装の鎧は刀傷がいくつも走っている。それはかなり使い古されたものだと一目で分かり、おそらくは腰の剣などもそうだ。金属製の鞘に最早光沢はなく、幾度となく鍛え治している年代物だろう。  豊かな白髭を蓄えた口から発せられる、そんな彼の言葉を、皆が興味深く聞いていた。  殺風景な町の酒場。  朝食を摂るのであれば、屋外にも席を設けた小洒落た喫茶店で優雅に――という選択肢が一般人には普通だろう。だが、酒場の無骨で荒々しく、時には寡黙な雰囲気を狩人達は好んだ。そういった事から、彼等にとってそこは情報収集したり依頼を請け負ったりする場として定着していった。  それだけではなく、料理の味も捨てたものではない。  店主と見られる、丸坊主で筋骨隆々の厳つい男が、取手のついた陶器に入れた飲み物を三つ、カウンターの客に出した。店と同様、無骨という言葉がよく似合う男だ。
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