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コトリと音をたてて開いたドア、ホームに一歩足を踏み出すと、途端にむせ返るような熱気が全身に絡みつき、僕は目眩に襲われた。屋根の隙間から見える狭い空に浮かんだ入道雲を睨みつけ、こう思った。
夏なんて、なくなればいいのに──と
今年で高校に入ってから三年、つまり世に言うところの『受験生』ってやつだ。今日だって、必死こいて勉強して帰ってきたところだ。大学がなんだってんだ……ため息をついた僕は、いつの間にか雑踏に飲み込まれていた、人混みが嫌いだ、みんないなくなってしまえば、駅も空いてていいのに……長い受験戦争の途中で疲弊した精神ではこんなことしか考えられない。
楽しいことを考えよう、きっと何かあるはずだ。二秒ほど頭が回ったが、すぐに悲鳴を上げたのでやめた。どうせ楽しい事なんてない、僕は二度目の溜め息をついた。エスパーがいて、僕の思考を覗き見ていたとしたら、きっと涙を流していることだろう。
思えば、高校生の間、楽しいことなんてあっただろうか── ?
「鈴木は受かってるよね? 」
「当たり前だろ、これで俺も晴れてこの田舎から出られるってもんだ」僕はにやりとした。
「頑張ろうな、俺も、お前も」彼は笑いながらそう言っていた。
「中学は散々だったからな」
「おうよ」
この時、友と約束を交わした僕は、恐らく世界中どこを探したって見つからないほどの幸せ者だった。高校を楽園だと勘違いしていたのだ。真実を知らない、というのはいい事だ。
とんでもなく馬鹿な僕は、登校初日にドアを開けた瞬間に現実を知り、絶望した。遠くからはShangri-La、アルカディア、エリュシオン、ユートピア、とにかくなんでもいい、ありとあらゆる理想郷に見えていた場所は廃墟、いや不毛の大地と言うに相応しかった。
俺はどうやら来る場所を間違えたらしい、ここで素敵な女の子を探そうと思ったら、中南米の熱帯雨林に沈むマヤ文明の遺跡を探すほうが簡単だ……僕はこの日失意に飲まれた。
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