夏の夜の夢

2/5

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
 気がつくと、僕は電車の中にいた、普段となんら変わりない車窓の景色が流れ、駅につく、開いたドアの前には、丁度自分と同じくらいの女の子が立っていた、どこかで見たような気がするが、誰だかはわからない。髪型はショートとセミショートの間ぐらいで色は黒に、染め残りだろうか、茶色が薄く散っている、顔については、可愛かった、としか言いようがない(あくまでも僕の感想だ、人によって審美眼は違うものだから)そして彼女は白いワンピースで帽子をかぶっていた。  僕がぼーっと立っていると、急に彼女は口を開き、こんなことを言った。「こういう人だったんだ」と、当然のことながら僕は聞き返した。何がですか? と。そうすると、彼女は毅然とした態度で「私は貴方の許嫁です、覚えてませんか」と言うのだ。父も、母も、勿論祖父母も、そんな話はしていなかった、どうやら、僕をからかっているらしい、しかも、随分と真剣にだ。僕は電車から降りて彼女のおふざけに付き合うことにした。  改札を抜けると、見たこともないような街が広がっていた、ここでいいのかい? と僕が訊くと、ここでいい、と彼女は言った。見知らぬ街を歩く間、私は貴方の許嫁だ、彼女はそう何遍も言った。それに加えて、今日初めて貴方を見に行ってもよいと言われたが、思っていたよりはよくて安心した、とのことだった。翌日、僕は登校するや否や友人にその話をした。冗談じゃない! 恋もせずに結婚なんて出来るか! などと言うと、彼は「こーちゃんらしいや」と笑っていた。笑うなよ、と言っても彼は依然として腹を抱えたままだった。突然、景色が歪む。  ・・・  目を開けると、朝の陽光が僕の頬を撫でた。やっぱり夢だったか……やけにリアルだった。身の毛がよだつ感覚に僕は一度だけ身震いした。しかも、内容が内容だ、恋と愛の二文字から離れて久しく、こんな夢まで見るようになってしまったのかと、僕は情けない気持ちでいっぱいになった。確かに、あんなに可愛い許嫁がいるのだとしたら(極めて天文学的な確率になってしまうが)僕は本当の幸せ者だろう。しかし、そんな事はないので、僕は背筋に力を入れ、頬を叩き顔を洗うと食卓につき、身支度を整えてすぐに家を出た。  どうにも調子が悪い、あんな変な夢など見たからだ、しかし、あの女の子には見覚えがある、いつか、どこかで僕は彼女に会っている、それだけは確かなのだが──  
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加