夏の夜の夢

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 「やっぱり……」僕は言った。  「朝霧さんも、毎日学校に来てるの? 」  うん、と小さく頷いてから、彼女は右手に持っていたパンを口に運んだ。斜め右を向いたまま、ゆっくりとパンを食む、彼女の横顔は、多分、この世の何よりも美しかった。そんな彼女と、たった今話をしながら、一緒に昼食を取っている僕は、本当の本当に幸せ者だった。今、世界が終わるとして(そこに猶予が設けられ、抗うことが許されたとしてもだ)僕はそれを甘んじて受け入れることが出来る、そんな気がしていた。  「鈴木くんも、家じゃ集中できない人なの? 」  「なんで? 」  「私がそうだから……そうじゃなかったら、夏休みに好き好んで学校になんか来ないって」彼女が僕と目を合わせたので、既に速まっていた僕の鼓動はYOSHIKIが踏むツーバスと同じぐらいにまで加速した。  「僕もそうだよ、でも、ちょっと語弊があるかな。僕は学校の方が集中できる人なんだ」  「おんなじじゃない」  「それもそうだね」僕は、微笑んでいたと思う、多分(もしかしたら、僕の感覚では微笑んでいても、傍から見たら気味悪く口の端を歪めていただけかも知れない)  「そろそろ、戻らないと」彼女はふいにゴミを片付けはじめた。  「なんだか世知辛いなぁ、受験生って」僕がしみじみと呟くと、彼女は振り向いて「明日も、ここに来る? 」とだけ聞いた。「もちろん、来るよ」と答えると、彼女は少しだけ口角を上げた。「良かった、またお話ししましょう」「うん」一度だって良かったのに、二度目があるだなんて……僕の心臓は髪を振り乱してヘッドバンキングを続けていた。  僕は、荒みきっていた心の中が、まるで雲ひとつない空、それこそ蒼穹のように晴れ渡っていくのを感じていた。こんな風に、いきなり話しかけるような気味の悪い男(自分で言っていて悲しくなってくる)に対して「また」なんて言葉を使えてしまう辺り、彼女は優しすぎるのか、それとも、僕のように何処か「ズレている」のだろうか、そう考えずにはいられなかった。  ・・・  こうして僕の夏休みはハッキリと色を変えた。いつものように今にも人を刺し殺すんじゃないかって目をしたまま電車に乗る事なんて無かったし、空を見上げた時、目に映る蒼はずっとずっと深かった。それに、いつも僕は落ち着いていられた。今日も学校に行くのが楽しみで仕方がない──  
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