華知らぬ暁、灰色の子犬

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「君にそういう相手はいないのかね?」  苛立ちを込めて丼をカウンターに叩きつけたら、挙動で内心を悟ったボスが笑いを噛み殺しながら言ってきた。  私はツンッと澄ましたまま突き放すように答える。 「男なんて、まっぴらごめんです!  ボスだって私の気持ちは痛いほど分かると思っておりましたがっ!?」 「まぁ、ごもっともだが?」  クスクスと笑うボスは、直属の部下であるという私の贔屓目を抜いても素敵なオジサマだ。  モデルのように整った顔立ちに知性漂う挙動。  若い頃から人事部秘書課を預かってきた手腕。  ビシッと高級スーツを着こなし、そのバリトンボイスで『本日はお会いできることを楽しみにしておりました』なんて言われたら、女だけではなく男までトキメクと言われ続けて云十年。  仕事で付き合いのある相手に口説かれることなんて挨拶以上の日常茶飯事。  連れ去られそうになったとか、襲われそうになったとか、囲われそうになったとか、そういう話が今でも絶えない。
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