ナナコの場合

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「でも」 と、風人はタバコを携帯灰皿に入れながら。 「変わらないのが現実なんっすよ」 ぐしゃり。 と、風人は灰皿に入れたタバコを握りつぶす。 「だから、静かにしてくださいよ」 次のタバコに手を伸ばした彼に、私はイラついた。 「アンタねえっ!」 その腕を掴む。 掴んだ瞬間だった。 「!?」 彼の顔が目の前にある。 どこにでもあるような普通の顔。 少し軽い口調。 どこにでもあるような表情。 何が起きたか解った。 私が掴んだ腕、それを彼が力ずくで引いたのだ。 バランスを崩し、私は座った彼にもたれかかるようになっていた。 「怒られますよ、あんまうるさいと」 と、私の体を離しながら、風人は廊下の左右に目を配った。 幸い、なのかは解らないが、誰も居ない。 「あ、ごめんなさい…」 「とりあえず」 風人は立ち上がり、首で合図する。 私はそれに応じて立ち上がり、歩き出した彼に着いていく。 柑橘系の香水の香り、それを追うように。 しばらく歩いた。 お互いが無言のまま。 施設の上層にある部屋。 そこに私は連れてかれていた。 部屋は、ビジネスホテルとほぼ同じだった。 特筆すべき事は特に無いように思えるくらいに。 「じゃあ、僕はコレで」 「えっ、って、私は?」 アゴで彼は冷蔵庫を指した。 「食べ物はそこにあるので我慢してください。とりあえず、検査の結果は明日までには出るんで、僕が迎えに来るそん時までは部屋でダラダラしててください」 「…部屋から出るな、って事?」 「アウターは、いえ、ナナコさんはこの『世界』に慣れてないっすよね?なんかあってもアレですから」 そうだ。 私はこの『世界』の言葉を知らない。 私はこの『世界』のルールを知らない。 私はこの『世界』の全てを知らないのだ。 風人が去って数時間が経ち、冷蔵庫にあったサンドイッチでお腹が満たされた頃。 私は自然と眠りに着いていた。 その時の私はそれを知らない。 この時の眠りが最後だった。 この後の世界の中。 疲労に任せて眠りにつけたのは、コレが最初で最後になるのを。
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