第1章

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昔からの商店が軒先を連ねる柳小路の一画に、蔵を改造して茶屋にした店がある。今日はそこの孫の七五三のお祝いだ。 「ごめんください。お膳をお届けに上がりました」 裏口から夏目が声をかける。はぁいと出てきたのは、藍鼠の鮫小紋を着た茶屋のお姑さんだ。 「おすましはこっちの寸胴に入ってます。お椀に分ける前にもう一度暖めると美味しいです。それとこれは主人からお祝いです」 重箱の蓋を取ると、中には擂り胡麻をまぶした菱形の餅。『はっと』と呼ばれる蕎麦粉と餅米で作った伝統菓子だ。 「まあ、ありがとうねぇ」 皺深い顔が綻んだ。 「器は夜にでも取りに伺いますから」 そう言って頭を下げた夏目の作務衣の袖を、お姑さんがつと引く。 「最近、また例の男がうろうろしているらしいよ……ホラ、サングラスに、パーカーっての?それを被った」 え、と夏目の目が見開いた。 「本当ですか?見たんですか?」 「あたしじゃないよ。ほら角の豆腐屋の、最近帰って来て店を継いだ息子がね、訊ねられたそうだよ。葵ちゃんの店で最近騒ぎがあったみたいだけどって、根掘り葉掘り」 「……この間の?」 夏目が眉を顰める。 「黒木商会の奴らとは違うんですよね?」 黒木の関係者ならば自分のところの騒ぎだ。何も聞きまわる必要もない。違うよとお姑さんが首を振った。 「黒木の者なら豆腐屋のところにも来てたし、顔を知ってるよ。あいつらじゃないって言ってた。あたしや飴屋のご隠居の所にでも来れば、きゅーって目に遭わせてやるのに……新参者ばかりを相手に聞きまわって」 悔しい事、とお姑さんが顔を歪める。その言葉に引っかかった夏目が、え?と訊き返す。 「あの―――」 その時、お母さん、と向こうから呼ぶ声がした。 「あらあら、つい無駄話をしてしまった」 姑が慌てて立ち上がる。ぺこりと夏目が頭を下げた。
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