第1章

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「―――っと」 深鍋をシンクの下に入れようと屈んだ夏目が、手を滑らせた。ガランガランと金属音が暖簾を下ろした店内に響き渡る。 「すみません!」 転がった鍋を慌てて押さえた夏目に、カウンターを拭いていた秋月が心配そうな視線を向けた。 「大丈夫か?」 「あ、はい」 「どうかしたか?……何だか今日はちょっと、上の空みたいだ」 秋月に訊ねられて、夏目が口篭もる。 「夏目?」 あの、と夏目が口を開く。 「例のパーカーの男が、また現れたようなんです」 秋月の瞳が見開いた。 「本当か?」 はい、と夏目が頷いた。 「お豆腐屋の若旦那さんが、この間の騒ぎの事をしつこく訊かれたって……」 「黒木のものじゃないのか?」 違うみたいですと夏目が首を振った。 「それで、俺、ちょっと思ったんですけど……その男が聞きまわってる相手って、蝋燭屋のお嫁さんとか角の喫茶店とかで。……なんだか古くから居る人たちを避けてるみたいだなって」 きゅ、と秋月の眉が寄せられる。 「それって、もしかして―――」 夏目が言いかけた時、ガタン!と大きな音がして。はっと二人が玄関に顔を向けた。 「秋月さんは、ここに居て」 言い置いて、夏目がカウンターを回る。 「どなたです?」 引き戸になっている店のガラス戸。その向こうに蹲る黒い影があった。 「……誰?」 夏目のかけた声に、応えはない。 振り返った夏目が、秋月と顔を見合わせる。眉を寄せた夏目がもう一度口を開きかけた時。 「……秋月、さん」 ガラス戸の向こうから、微かな声がした。秋月が瞳を瞬く。
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