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「……君は、帰らないのか」
不意にかけられた言葉に、夏目が顔を上げる。
「新年は一日から五日まで店は休むから……君はずっと長い休みもなかったし……帰省、したらどうだ?」
口篭もりながらの秋月の言葉に、いいえ、と夏目が首を振った。
「別に帰る場所もないし、待ってる人も居ませんから」
屈託なく言って、夏目が包丁を動かし続ける。
妹が居ると、前に彼が言っていた言葉を秋月は思い出していた。その人は君を待っては居ないのかと。喉元まで出かかった言葉を、飲み込む。
訊けばきっと、悲しい顔をするに違いないと思えて。
それに。
―――それに、そんなことを聞いて。もしかして、やはり帰ると言われたら。……そのまま戻ってこなかったら。
秋月が、動揺した瞳を伏せる。
……帰らせたくないという気持ちが、自分の中にあるのに気づいて。己の狭量さに唇を噛んだ。
秋月の表情に気付かず、作り終えた箸休めをタッパーに入れながら夏目が言葉を続けた。
「それに例の黒木商会の件も、一応は片付いたとはいえ、朽葉って男は結局行方をくらましたままだって言うし……秋月さんを一人にしておけませんよ」
「俺は大丈夫だ……葛見もいる」
夏目の顔が一瞬、強張る。
「でも、葛見さんは仕事だってあるし……いつも側に居られるわけじゃないでしょう?」
黒い瞳が、ひたりと秋月を見つめた。
「俺、じゃ……頼りにならないですか?葛見さんじゃないと、ダメ?」
「そん……君と葛見を比べるようなことは……」
秋月が言葉に詰まった。
そう、葛見とは比べられない。比べられるはずがない。
葛見は親友で、ずっと誰よりも側にいて。お互いが何を考えてどう感じているかさえ、我が事のようによく知っている。
夏目とは出会ってまだ一年も経っていない。自分は彼の過去も知らない。
―――けれど。
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