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引っ越しの準備は、思ったよりも捗っていた。
というのも、休日や仕事帰りを利用して、麻宮さんが頻繁に手伝いに来てくれたのが大きい。
自惚れじゃなければ、一緒にいたいと思ってくれているんだと、そう思う。
「疲れてるのにすみません」
「好きでやってるからね。気にしないで」
ほらね。
今夜も20時過ぎにインターフォンが鳴った。段ボールが積み上げられた殺風景な部屋に男性をあげるのも、もはや抵抗がなくなった。こうも日常化してしまえば。
「だいぶ進んだね」
「おかげさまで。コーヒー淹れますね」
「ありがとう」
キッチンに立つと、背後でガサガサと音がする。振り返ると、ベッドの向こう側に手を伸ばしている麻宮さんの後姿が目に入る。
「あー!!!」
「え?」
「何を探索してるんですか!!」
「いや、何か下からゴミみたいなものが見えたから。拾おうかと」
すでに彼の手の中に捕えられたその正体に、卒倒しそうになった。
開封された避妊具の袋。
“部屋を掃除できない女”
とレッテルを貼られることが嫌なわけじゃない。言わずもがな。
「…まあ、そりゃ、彼氏はいたよな。そういうこともあるよな」
「まあ…そうですね…」
自分の部屋だけれど、消え去りたい。
恥ずかしさと、申し訳なさと、あとよくわからない感情とで。
とにかく、麻宮ファンを全員敵に回したことだけはわかった。
少し気まずくなった空気を和らげるように、麻宮さんが口を開く。
「加賀さんの過去とか、そういうの、どうでもいいって思ってて」
「…はい」
「例えば過去に暴力団と付き合ってたとか、不倫してたとか、男に貢いでたとか、そういうことがあっても、本当にどうでもよくて」
「その想像はひどくないですか?」
あたしの突っ込みに、優しく笑ってみせる。冗談だよ、って顔で。
「もしも、何か後ろめたさを感じてるようなら、それは違うから。一番になりたいって、思ってるわけじゃない」
「一番じゃなくてもいいって、言っただろ?だから、」
「どうしても加賀さんが欲しい」
ずるい。
今が一番、人肌が恋しい時なのに。
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