秘密

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「こんにちわ!」 「やあ、晴香ちゃん。今日も元気だね。」 「はい。今日も、頑張らなくちゃいけませんから。長門さん、入館証頂けますか?」 にこやかに手を出す私に、警備員の長門さんが、入館証を渡してくれる。 私の名前は、小澤晴香。保険会社の営業ウーマン。 ここは、私が担当しているある会社の支店ビル。 ほぼ毎日のように顔を出す私を、長門さん達、受付の人達は、温かく迎えてくれる。 とは言え…私の営業成績はふるわない。 世の中の景気は、上向きだけど、業種によっては、その流れから取り残されているところもあるのが、現実。実際、私の担当のこの会社も、どちらかというと下向きな業界だ。 それでも、毎日通えば、新規の契約や、既契約の見直しをしてくれる人も現れる。 みんなの信頼を得ることでしか、私の仕事は成り立たないのだから、そのための努力を惜しんではいけない。形のないものを売ることの大変さを、大学出たばかりの私は、日々思い知ることになった。 「今日は、どうだった?」 「全然ですよ…。」 一通りフロアを回ってきたけれど、どの階も、相変わらずだ。いい反応が、返ってこない。 「悪いなぁ、俺も坂崎も、もう歳だからな…もうちょっと若けりゃ、入ってやるんだが…。」 「ああ、もう、その気持ちだけで十分ですから。ありがとうございます。」 長門さんは、そう言って、すまなさそうな顔をするから、私は、申し訳なく思ってしまった。 警備員の仕事は、定年後の就職先としては、まあ普通だもんね。長門さんや相棒の坂崎さんが、高齢なのは、仕方ない。 二人が、今から保険に入るってなったら、ものすごく高い保険料払わないとダメだもん、入ってもらえないのも仕方ない。 それよりも、担当のこの会社の正社員が、保険に入ってくれないことの方が、私には、大きな問題。 だって、超小口の保険にさえ入れないほど、お給料カットをされてるんだよ…。この業界、先行き暗いなぁ。 他の業種の担当になっている同僚が、ちょっぴり羨ましかった。
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