第3章 僕の入学式(前編)

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はぁ~・・・。 その机に片手を付いて、大きなため息をついた。 僕のご先祖様は、どうしてこんな苗字を選んだのだろう・・・。 っていうか、たまには『わ』行から始まる出席番号にしてもらえないだろうか・・・。 ガタンと音を立てて、椅子に座る。 左側には大きな窓。 日当たりバッチリで、今日みたいなポカポカ日和は危険だな。 心地よくて授業中でも眠ってしまいそうだ。 さっき、家族で記念写真を撮っていた運動場が見える。 へ~・・・こうやって見ると、意外と広いんだな・・・。 石灰で描かれたトラックが、途中で砂に隠れている。 時々、散った桜の花びらが風に舞っていた。 視線を前に移して、正面の黒板を見る。 在校生が描いたものだろう。 『新入生諸君、入学おめでとう!ようこそ我が聖蔭高校へ!』 という、桜と同じ色の大きな文字が、目に飛び込んできた。 あぁ、僕は本当に、本当に、この聖蔭高校に入学したんだ・・・。 聖蔭高校のバスケ部5人に出会ったあの日。 僕は帰宅してすぐに、台所で晩御飯の仕度をしていた母さんのすぐ隣に立った。 右手には、しわくちゃになってしまった模試の結果票を持って・・・。 母さんは、まな板に大きな大根を置いて、これから切ろうとしていたところだった。 みそ汁の具にするらしい。 「おかえりなさい・・・どうしたの?ぼーっと、突っ立って・・・」 目尻にしわが深く彫り込まれた目を、大きく開いて驚く母さん。 それから、すぐ目を細めて、 「雨、やっぱり降ったでしょう!傘持ってって正解だったわね~!」 やっぱり・・・どや顔をされた。 「う、うん。ありがと・・・すごく助かったよ」 素直にお礼を言った。 母さんは、僕が着ている制服のワイシャツからズボンの裾までじっと眺めて 「着替えてきたら?制服、少し濡れちゃったんじゃない?」 靴下も濡れてるでしょ?と、言い加えてから、包丁で大根をスパッと勢いよく真っ二つに切った。 「うん、でも、あのさ・・・」 「脱いだ服は、洗濯機の中に放り込んどいてね~」 トントントンとリズムよく、白い大根が扇形にきれいに切られていく。 その断面が、大根から染み出た水分でキラキラ光って見えた。 僕は返事をしないで、みそ汁の具にふさわしい形になっていく大根を見ながら、立ち尽くす。 トントント・・・と、音が途中で止まった。
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