第3章 僕の入学式(前編)

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母さんが、僕を見る。 「・・・どうしたの?賢ちゃん」 「ぼ、僕、僕、都立聖蔭・・・聖蔭高校を受験したいんだ!」 唐突に早口で焦ってどもりながら言った。 持っていた結果票に力が入る。 「受験して・・・合格したい!聖蔭に入りたいんだ!」 「聖蔭って・・・あの都立の?」 母さんが、静かな口調で聞いてきた。 「・・・うん。そう、あの」 偏差値70と言われる・・・。 心の中で続けた。 また、気持ちが萎えそうになる。 『夢はな、口に出してちゃんと言わなあかんで!』 関西弁女子の声が頭の中から聞こえた。 そうだ、ちゃんと!ちゃんと・・・言わないとダメだ。 「母さん、僕!」 「・・・いいんじゃない?」 包丁を僕に向けて笑顔で言うから、一瞬ゾクッと身構えてしまった。 「あら、やだ、ごめんごめん」 ケラケラ笑って、まな板の上にそれをゆっくり置いた。 そしてまた、にっこり笑った。 「賢ちゃんなら大丈夫よ!」 「・・・どうして?」 なぜか、僕が聞き返してしまった。 母さん、僕の今の成績を知ってるはずなのに・・・。 親なら、ものすごく心配してしまうような成績なのに・・・。 どうしてそんな簡単に・・・。 「・・・驚かないの?」 急に僕の方が不安になる。 母さんのことだから、きっとフライパンを持っていたら、落としてしまうくらいびっくりする、と思っていたから。 「驚いてほしかった~?」 母さんが、いたずらっぽく笑った。 僕が黙っていると、母さんはまた包丁を持って、大根をトントンと2切れ分切った。 切り終えた大根をまな板の上でまとめてから、小鍋に入れる。 そこにはもう、小さくカットされた油揚げが先に入っていた。 母さんは、台所の扉に引っ掛けてあるタオルで、手を拭きながらまた言った。 「賢ちゃんなら大丈夫」 それから、しっかり僕を真正面から見て、腰に手を当ててもう一度言った。 「賢ちゃんなら・・・大丈夫よ!」 頑張りなさい!と言いながら、僕の両肩にポンと両手を置いて、軽くウインクまでされた。 「母さん・・・」 こんなバカ息子の突然の・・・無謀とも言える宣言なのに・・・。 どうして、信じてくれるんだろう。 うれしい・・・すごく。 母さんの顔がぼやける。 脱水症状が残っている訳じゃなくて、僕の目が潤んできただけだ。
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