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私の手から、かき氷をひと匙食べた後、おもむろに刀の手入れを始めた人を横目で見つつ、かき氷をもうひと掬い。
私が『とらさん』と呼んだ、このイケメンなお侍。
お名前は、甲賀源吾さん。二十九歳。幕臣。
源吾さんなのに、何故『とらさん』なのか。
説明すると長くなるから端折るけど、『源吾』は通称で『とら』が実名の一部。
実名は、親や主君にしか呼ばせない風習なのに、とらさんは心を許した相手には『とら』って呼ばせてるの。
それで私にも、そう呼んでいいって言ってくれたんだぁ。
実は私、葵は、21世紀を生きる女子高生だったのに、ある日ふと目覚めた場所が、江戸城の地下牢だったの。
どういう訳か幕末にタイムスリップしちゃったのよ。で、とらさんとはその地下牢で出逢った。
そして行く当てのない私をお家に引き取ってくれたのも、とらさん。
だからとらさんは、この町における私の保護者みたいなものね。
でも、それだけじゃない。
「葵。もう、ひと口」
刀を畳に置いた手が、顎に伸びて。
くいっと上げられた先に、とらさんのどアップが。
「……んっ……」
迫ってきたと思った時には、熱い舌が唇を割って侵入していた。
ざらりとした感触に、ふるりと身が震える。
その弾みで、手に持った器に木の匙がカチンと当たって音を立てた。
その音を合図に、ぐるりと口内をなぞっただけの熱は、すぐに離れていく。
「ん? 小豆の味しか、しないな」
当たり前よ。今ちょうど小豆を噛んでたのよ!
何が『もう、ひと口』よ。
人が食べてる途中で勝手にキスしてきて、しかも味について怪訝な顔すんの、やめてほしいわ。
「でも旨かった。後で、またくれ」
「今あげるわよ? ほら、アーンして?」
「いや、今はいい。後で貰う。
お前の唇からな」
「……っ!」
このマイペースな横暴さを持つ人――――私の恋人、でもあります。
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