黄金色の風船

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「もうやめてやる!」    私は叫んでいた。  気が付くと机を蹴飛ばして立ち上がっていた。  頬は激しく紅潮して涙が滲み出た。 「山口!?」  黒板に向かっていた担任の武藤先生はこちらに向いて、突然の事態に驚き戸惑う顔をしていた。 「どうしたんだ!?」  先生の心配の声も無視して、私は教室の外へと走りでた。  階段を嵐のように降り、昇降口の靴箱から乱暴に革靴を取り出すと帰路へと走り出す。  涙が止まらない。  振り返ると、私には校舎は無意味で苦痛な刑務所を思わせた。  いつもの通学路を走っているうちに、クラスメイトたちの無機質な陶器のような表情が頭を過って行く。  今は三学期で一番大事な入試試験などをそれぞれ控えていた。  みんな進路はだいたい決まっているのだろう。朝から晩まで休み時間もロボットのように勉強をしている。  笑顔がないほど集中して。  私の父はサラリーマンだった。リストラになってから人が変わったみたいだった。町外れにある小さな居酒屋を多額な借金をしてまで購入して経営していた。その父を病気で失い。それ以来、母が父の居酒屋で愛想よく働いて私の面倒を見てくれた。  高校を卒業したら私も母と同じく居酒屋で働かなければならない。  こじんまりとしていて。客足がつきにくい町の片隅の居酒屋で。  やってくるお客は中年のサラリーマンくらいだ。  たまに父が前に働いていた会社の同僚が来ることもあった。  素敵な出会いもない。  彼氏もいない。  友達には輝かしい進路がある。  夢や希望もない。  そんな私には学校はただただ刑務所のようなものだった。  他になりたいものなんてないし、なれもしない。クラスメイトたちと私には、いつも目に見えない一本の線が引かれていた。    就職活動。  大学へ行く。  専門学校へ行く。  どれ一つとして、私にはまったく無関係だった。  人が疎らの田舎道を俯いて歩いていると、止め処なく流れる涙をごしごしと腕で拭いていた……。  幼稚園児くらいの男の子が母親と手を繋いで歩いていた。 「わあ! ママ! 見て! すっごい数の風船だよ!」  男の子は空を指差した。  空を見上げると、空一面に色とりどりの風船が東の方から浮かんできた。  まるで、大きな大砲が大量の風船を射出しているかのようだ。
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