第1章

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ドサドサッ、ザーッと、ひとしきり雪が落ちて。その下から黒髪が顔を出す。ぺっぺっと口に入った雪を吐き出した。 「秋月さん?」 髪を一振りした秋月が腕の中で顔を上げる。思いも寄らぬ至近距離に、心臓がとくんとなった。 「―――阿呆ッ!」 耳元で怒鳴られて、夏目が思わず身体を引いた。 「雪が降ったときは、軒下は危ないんだ。雪かきをしていて屋根からの雪に潰されて、亡くなる人だっているんだからな!それを、君は―――」 ―――くしょん。 言い募ろうとした秋月が、腕の中でくしゃみをした。夏目が慌てて立ち上がる。 「わ、秋月さん、髪ぐっしょりですよ」 早く早くと立ち上がれば、君もそうだろうと半分呆れた声が返ってきた。 「はい、生姜湯。蜂蜜もいれました。これ飲んで暖まってくださいね」 熱いシャワーを浴びて出てきた秋月に、夏目が湯気の立つ湯飲みを渡す。 「君も暖まって来い。着替えはとりあえず俺のを出しておいたから」 はい、と入れ替わりに夏目が浴室へと向かった。 「遅くなったけど、朝御飯にしましょう。お雑煮にお餅はいくつ入れますか?」 タオルで頭をがしがしと拭きながら、夏目が戻ってくる。 「あ、俺が焼こう」 秋月が焼き網の上に切り餅を並べる。餅が焼ける間にと、夏目が秋月の好物の出し巻き卵を作り始めた。銅製の卵焼き器に薄く油を引いて、流しいれた卵を手早く返していく。こんがりと焼き目のついたそれを厚めに切って、大根おろしを添える。 醤油仕立てのお雑煮の中は、小さな短冊に切った大根、人参、里芋にこんにゃく、ささがきの牛蒡に鶏肉と具たくさんだ。餅を入れて、上からイクラと三葉を散らした。寒くなってからは卓袱台の代わりになっている炬燵の上に、箸を並べる。 「また降ってきましたねぇ」 雪見障子の向こうに視線を流して、夏目。卵焼きをつまみながら、秋月が眉を寄せた。夏目、と呼ばれて、はいと夏目が視線を返す。 「雪がある間は、母屋の方に来ないか?」 「……え」 夏目が躊躇う表情を見せる。 「夜、風呂を使った後とか、店に戻るまでに凍えてしまうぞ」 母屋から店まではそう距離があるわけでもないけれど、真冬の夜中、それも吹雪だったりすると少々きつい事は確かだった。そんなことで風邪でも引いたらつまらない。
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