第9話本居の賭け

2/16
前へ
/336ページ
次へ
次原官房長は銀座方面に向かっていた。 政権政党の要人達と会食するためである いつものとも言うべきスケジュールであるが、何時もより顔は緊張していた。 要人達との関係がギクシャクしていると言うわけではなく、緊張している原因は別にあった それは肝の据わった女干雄のような官房長をして苦悩するような厄介な相手からの接触であった それは思い出したくない数十年前の悪夢のような事件を再び彼に思い出させる相手からの接触だった。 警察組織、それどころかこの日本が震撼した悪夢のような時代、その名残のような恐怖が再び官房長となった男に爪を伸ばして来たのだ 官房長の脳裏に午前中の事が浮かんで来る 官房長が庁舎の廊下を歩いていると職員の1人が挨拶しながら近づい来る 官房長は職員に見覚えがない 「失礼、君は誰だったかな、思い出せない、所属を言ってくれないか?」 「お忘れですか それでは思い出して下さい 二十年前のあの日の事もね」 官房長は顔面蒼白になる 「君は一体」 「一度庁舎の外へ出て下さい グランドファーザーがお話があります」 職員はそう言うと悠々と去って行った 後に残された官房長は腰が抜けたようになり壁の方によろめき崩れる 遠くでそれを見た部下達が飛んで来る 「官房長、どうなされました」 「いい、ほっといてくれ」 官房長は壁を這うようにしながらエレベーターの方に向かう 支えようとする職員を追い払うようにして歩く姿は鬼気迫る顔で亡者のようである 有楽町の繁華街から離れた料亭 平屋の大きな屋敷で政府の要人達が利用する事で有名である その一部屋大きな広間で1人の政治家を中心に歓談が行われている 突然料亭の従業員が外から声を掛ける 「お連れ様がいらっしゃいました」 政治家はそれを聞くとおもむろに立ち上がった 連れの人間が声を掛ける 「幹事長、どちらへ」 八十を超える柔和な顔達の幹事長は丁寧に言った 「ちょっと用向きを思い出しまして 中座いたしますが、すぐ戻ってまいります」 「おやすくありませんな」 下品な問いかけを軽くいなして幹事長は言った 「そうならいいんだが、なかなかね」 料亭の離れは庭園の中央に位置するが林に囲まれて外からはその存在さえもわからない 茶室のような小さな部屋から声を殺した二人の男の声が聞こえて来る
/336ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加