華知らぬ暁、子犬と檸檬

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「ねぇ、瀬戸。  前に言ってくれたよね。  『僕の手の小ささを、覚えていてくれませんか?』って」  夏子さんの手が、僕の手をとらえる。  細くて綺麗な指だけど、右手の人差指の変な所にタコがある。  ああ、必死に仕事をしている手だなと見つめていたら、僕の指の隙間を縫って、夏子さんの指がキュッと僕の手に絡んだ。 「覚えてるよ。  あの時に比べて、大きくなったね」  その熱に、透き通った微笑に、またキュッと、心臓の裏が痛くなる。  バクバクと騒ぐ音が、どこかへ遠のいていく。 「ねぇ、瀬戸も、覚えておいてくれないかな?」  その指が、スルリとほどけた。  だけど次の瞬間には、より大きな熱に体が包み込まれていた。 「今の私の大きさを。  ……きっと来年には、瀬戸の頭が乗っかるのは、私の頭の上になっていると思うから」  夏子さんの腕が、僕を抱きしめていた。  この前会った時は僕の頭の先が夏子さんの肩のラインと同じだったのに、今は少し顔を上げると僕の顎が夏子さんの肩に乗ってしまう。  この誤差は、夏子さんのヒールの差だけでは埋まらないはずだ。
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