華知らぬ暁、子犬と檸檬

32/35

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
「やっぱ暁さんって目が肥えてるよなぁ。  お前に似合う色を分かってる」  箱に納まっていたのはネクタイだった。  渋いワインレッドの色は艶やかで、派手さを抑えた分深みのある色彩をしている。  神永さんがネクタイに感心している間に、僕は紙の方へ視線を向けた。  裏返っていた紙を表に返すと、そこには『予約伝票』という文字が躍っている。 「……っ」  僕は思わず息を呑んだ。  夏子さんが『一人で行きたいお店があるから』と言い置いて向かった先がこの店だったとすぐに分かった。  だって、いくらボーっとしていたって、この店に入ればさすがに僕だって覚えているはずなんだ。  マスターも贔屓にしている、歴史あるオーダーメイドのスーツ店。  確かあのモールには、近隣で唯一のテナントショップとしてこの店が入っていたはずだ。  だからマスターも、ここのスーツをオーダーする時にはあそこの店を使っていたと記憶している。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加