華知らぬ暁、子犬と檸檬

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「ね? 分かった?」  夏子さんがそう言って足を止めたのは、買い物を始めて数時間後のことだった。  ランチタイムが過ぎて閑散としたフードコートの片隅で、安物のラーメンをすすりながら夏子さんは上機嫌でのたまう。  一方僕は水のグラスを目の前に置いただけで、荷物に埋もれてグッタリとしていた。 「これが投資よ」 「……すみません、全然分かりません」  屈強な刺客に囲まれても、真夏の炎天下にスーツ姿のまま立ち続けてもバテたことのない僕が、たかが数時間の買い物で完全にバテていた。  夏子さんが何の店で何を買っているのか理解できなくなったのは、一体何件前の買い物だっただろう。 「じゃあ、次は実践よ」  だというのに夏子さんは、無情にもそんなことを言い放った。 「私、今からちょっと一人で行きたいお店があるから、私が買い物に行っている間にその荷物を軽くして、投資だと思えることをしてちょうだい」 「ふぇ……!?」  情けない声とともに顔を上げた時には、夏子さんの姿はラーメン丼とともに綺麗に視界から消えていた。
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