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舞ちゃんのママはオフィスの喫煙ルームでタバコを吸いながら窓の外を憂鬱そうに眺めていた。せっかく早くに起きて洗濯物を干してきたのに……。「舞を当てには……。できないよなぁ……」舞ちゃんのママがくわえ煙草でぶつぶつ言い続けるので、隣でタバコを吸っていたママの上司は「そんな顔していると、しわが増えるぞ」と軽口を叩いた。「それ、セクハラですよ。課長」と鼻から煙を吐いて舞ちゃんのママが返す。ゴゴゴゴ、と大気が緊張してぶつかり合う音がしたあとに、ピカッピカッと空が妖しく光った。「うわあ……。今日は絶好の洗濯日和っ!って言ってたじゃん!天気予報の嘘つき」とママ。「そういや、今日部長、ゴルフだったよな。けっけっけ。ざまあみやがれ」と課長。舞ちゃんのママも、昨日部長がコピー機の前で仕事もせずにゴルフの素振りをしてたのを思い出して「けっけっけ」と笑った。二人で低い声で笑っていると、急に地響きがしてオフィスが揺れた。「おっ!落ちたな、雷。近いぞ。部長のクラブが避雷針になってくれるだろ」と課長が言ったが舞ちゃんのママは笑わなかった。課長の声が全く聞こえなかったからだ。耳に急に圧がかかり、キーン、という音だけしか聞こえなくなった。飛行機が離陸した時みたいだ。耳抜きをしようと舞ちゃんのママが鼻をつまむと、打ち上げ花火のような甲高いピューという音が耳の圧を切り裂き、何かが炸裂した音が耳に飛び込んできた。窓の外を光線がもう一本走った。明らかに雷ではない。だって目の前の光線は、雷のようにすぐには消えずに、今も燃えながら地面に向かって落ち続けているのだ。舞ちゃんのママはしばらく呆然と光を見ていたが、短くなったタバコで指を火傷し我に返った。「舞っ!」舞ちゃんのママは金切り声で叫んで、喫煙ルームのドアを蹴りあけ、転がるようにしてエレベーターに走った。金縛りにあったみたいに微動だにしない課長は腰がぬけてその場にへたりこんだ。「なんだ、あれ?ひ、飛行機?あっ!……落ちた」エレベーターは安全装置が作動して動かなくなっていた。舞ちゃんのママは非常階段に続く防火扉を、ひきちぎる勢いで開けた。急な非常階段に挑むようにして、ヒールを脱ぎ捨て、スカートをたくし上げた。娘の名前を絶叫しながらママは、真っ暗な非常階段をほとんど落ちるように降りていった。「舞ッ!舞ッ!舞ィィィィィ!」
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