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もうひとつの顔
大学卒業してから勤めている丸井株式会社は、中小企業だが信念と理念がしっかりしている、ものづくり企業で、丁寧な仕事をすると評判が良く顧客からの信頼も厚い。
従業員数は三百名程で、支所も小さいながら各地に点在している。
社長や役員も気さくで、人情味があり、同じように社員も良い人が多かった。
給与は決して高い方じゃないが、福利厚生もしっかりしている。
職場の雰囲気も悪くない。
入社当初、慣れない土地に踏まえ、新たな人間関係や、仕事を覚えるのに必死だったが、入社6年目となると色々判ってくるので、要領も得てきていた。
今、俺は営業社員をサポートする営業事務の仕事をしている。
最近、大手会社共同のプロジェクトが始まり忙しい日々だ。
今日も定時より二時間程経っていた。
仕事が一段落したので、帰る支度を始めていたところで…
「おっ、いたいた!橘~!」
陽気な声が営業部に響いた。
扉に目をやると、そこには数少ない同期の一人、三枝真悟(さえぐさしんご)がいた。
「橘、今上がり?だったらこれから飲みに行かね?」
三枝は企画部に所属していて、営業部との兼ね合いも多い。
人付き合いが苦手で、入社当初他人と距離を置く俺を、お構い無しに接してきた奴だ。
裏表の無い明るい性格で、気が付いたら職場で一番仲良くなっていた。
「ごめん、今夜はちょっと用事が入ってて…」
折角の誘いを俺は断った。
「え~!なんだよ、お前最近付き合い悪いなぁ!」
三枝は口を尖らせながら続けた。
「折角、今日は嫁が遅番なのにさ~。」
昨年結婚した三枝だが、たまには遊びを満喫したいのだと言う。
「そんな時こそ早く帰って家の用事をしてあげなよ。奥さんお腹大きいんだろ?」
そう、三枝はもうすぐお父さんになるのだ。
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