もうひとつの顔

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「その間にあたしのお目当ての人は、他にいっちゃうし……あたし、正直溜まってるの。」 「……………。」 「ねっ!結ちゃん!!」 神谷さんが俺の両肩をもの凄い力で掴んできた。 ゴツくて大きな手が、俺の骨ばった薄い肩にキリキリと食い込む。 神谷さんにとっては、ちょっとした力だろうけど・・・正直痛い。 「蝶子ママは、女の子が揃うまででいいって話なの!だから、ねっ?………お・ね・が・い!」 「……っ!!」 最後の「おねがい」はあのドスの効いた声だった。 それから俺は渋々・・・というか泣く泣く承諾した。 確かに神谷さんには色々とお世話になっているし、助けてもらった恩がある。 そのまま翌日には神谷さん同席で、蝶子ママと喫茶店で会う事になった。 就労内容を決める為だ。 勤務時間は夜20時から深夜0時まで、日中は仕事をしているので週3での契約となった。 基本は、世間が休日前の金曜の夜と、土曜の夜、あとは平日の夜で一番来やすい日で良いとの事。 時給も高めの設定で、毎月高くはない給料で過ごしている俺にとって、悪くはない条件だった。 ワークシェアリングは、近年の不況で導入しているところも多かったが、今回は内容が内容だけに、会社には報告しないと決めていた。給与も手渡しで了承を得た。 まぁ、細かいところは上げたらキリがないが、そこら辺は蝶子ママが上手い事帳尻を合わせてくれるらしい。 蝶子ママは、俺の変わりの子を見つけるまでとは言っていたが、さすがに長期間は厳しい。 長くても半年とお願いしたところ、それもすんなり了承してくれた。 「ほな橘さん、来週からよろしゅう頼みます。衣装やらメイクはこっちで用意しますよって、橘さんはその身ひとつで来てくれたらえぇしね。」 蝶子ママは和服を着こなす、迫力ある美人だった。 年齢は40代半ば頃で、京都弁が更に魅力を増す。 神谷さんが何故彼女に逆らえないのか理由はわからないが この人を怒らせない方がいいと、本能的に感じた。 「それにしても、ほんまに橘さんは綺麗やわぁ。女性のような綺麗さとはまた違うんやけど・・・どこか儚げで・・・。」 蝶子ママは俺の頬に手を添えた。 女性の免疫がないので、ドキッとする。 「もっと飾りはったらええのに。素材がええんやから、下ばっか向いてやんと、シャンとして前向きや。」 蝶子ママは戸惑う俺に、二コリと妖艶な笑みを見せた。
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