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酒が入るとどうしても男はあっち方面や際どいトークになる。
「胸は小さいね」と言われた時もあった。
(…そりゃ男だし)
「身長は女の子にしては高めだね。」
(いや男の方では小さい方です。)
そう心の中で、どれだけ突っ込んできたか――。
女と信じ込んでいる客たちは、俺が男だと知ったら、ビックリするどころか腰を抜かすかもしれない。
現に今も、隣で俺の手の甲をサラリサラリと厭らしく撫でている医者がいるが
きっとここで俺が「実は男です」と告げたとしても・・・
またまた~!冗談が上手いんだから~と言われ済まされるだろう。
この医者は俺をよく指名する。
親から受け継いだ小さな個人病院を経営しているらしいが、羽振りはよくない。
今夜もランクの低いアルコールをチビチビ飲んでいる。
会話の内容も正直下らないが、そこは仕事だ。営業スマイルで接する。
普段、職場でもあまり笑わない自分が、こういう場で男を誑かす様に笑える事に
自分でもビックリする。
それはきっと「ユウナ」の仮面を被っているからだろう―。
そう思い、ふと店の入り口付近に目をやった時だった。
そこにはスーツ姿の男性が三名立っていた。
たった今来店したようだった。
一人は会社のお偉いさんであろう・・・50代ぐらいの男性で
あとの二人は年齢も自分と変わらないぐらいかなと、何となしに感じた。
後ろ姿なのであまり詳しく確認出来ないが、二人の内一人の方に
自然と視線が吸い寄せられた。
身長が高く、ピンと伸びた背筋に逞しい背中の持ち主だ。
少し離れた席であるここから見ても目立っていた。
その人物がフイッと振り向いた時―
―――え?
目を見張ると同時に、ドクンと大きく心臓が鳴った―。
(……そんな……まさか―――!!)
俺の身体はみるみる震えていった。
だってそこには………
「ようこそお出で下さいました。どうぞこちらの席へご案内致します。」
先輩ホステスが対応し、その男は微笑を浮かべ「ありがとう」と言った。
その声、その瞳、その姿
間違いない……。
見間違えるはずが無い。
「…お、大槻……。」
俺は無意識に彼の名前を呼んでいた―。
大槻一哉…
あれだけ恋焦がれた相手
会いたくても会えなくて、幾度涙したことか―
彼が今、六年の歳月を経て、突然俺の目の前に現れたのだった―。
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