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「――― ちゃん?ユウナちゃん?」
呼びかけられハッとした。
「え?……あ……?」
「ユウナちゃんどうしたの?ボーッとして。」
接客していた医者の男が怪訝な顔をしていた。
「ご、ごめんなさい。」
周りの音が聞こえないぐらい呆然としていたらしい。
何が起きたのかわからない程に動揺した自分がいる。
もしかして、幻を見たんじゃないかと思った。
チラリと向こうの席を見遣る。
そこにはやはり大槻がいた。
久々に見た姿は、記憶の中に存在していた大槻より大人びて…
前髪は少しかき上げたかのようにセットされ、体格も大学時代より立派に見えた。
着用している濃いグレーのスーツが嫌味な程に似合っていた。
相変わらず格好良くて、魅力的でー。
俺は視線が外せずにいた。
「・・・なんだか今日のユウナちゃんはおかしいな~・・・見送りはいいし、僕帰るよ。」
急に黙り込んだ俺に、医者の男は機嫌を損ねたのか、帰る準備をし会計へと向かった。
「えっ!あっ………。」
―しまった。
あまり儲けはない客とはいえ、不機嫌にさせてしまった。
そんな俺に蝶子ママが声を掛けてきた。
「…ユウナちゃんあっちの席、ヘルプ頼める?」
蝶子ママが指示した席は、なんと大槻が座っている席だった。
「え……!?」
「あそこのお客さん良さそうやし・・・しっかり機嫌ようしたってな。」
さっきの医者とのやり取りを見ていたかのような言い草に、ギクリとする。
優しい笑顔を向ける蝶子ママだが、店内では俺達の動きに結構目を光らせていた。
大槻のいる席に入るだなんて!・・・冗談じゃない!
しかしこれは蝶子ママの命令なのだ。
「ユウナちゃん?どないしたん?はよ席着いてきて。」
なかなか席に着こうとしない俺に蝶子ママが急かす様に促した。
ゆっくりとした足取りで席に近づく。
地に足がついていないような、足元がグラグラするような、そんな感覚に襲われた。
激しく胸を打つ心臓が痛い―。
席の前に来たところで、気付いたのか大槻を含めた三人の客が俺を見た。
「失礼致します。ユウナと申します。本日は御来店ありがとうございます。」
震える声でなんとか挨拶をする。
ちゃんと声が出ているのだろうか?
一礼して顔を上げると、そこには俺を射抜くように見つめる大槻がいた――。
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