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「まぁ、君たち独身者にはわからんだろうが、家庭を持っても、こうやって羽を伸ばすのは大事だぞ!」
立川本部長のトークに場が和むが、俺はそれどころじゃない。
とにかくバレてはいけない。
再度自分に言い聞かせる。
ふと横目で大槻を見ると、難しい顔をしながら、ウイスキーを含む様に飲んでいた。
そうだ、横顔はこんなだった。
大学時代、同じ講義で隣に座る大槻をよく横目で盗み見ていた。
スッと高い鼻、引き締まった口が男らしく好きだった。
「俺の顔、そんなに気になる?」
ゆっくりとグラスをテーブルに置き、大槻はこちらを見た。
至近距離でカチリと目が合う。
やばい、見過ぎた。
俺は固まったかのように目を反らす事が出来なかった。
「さっきから俺の顔見ては、ギョッとした様子だけど。」
「え!す、すみません。あまりに素敵でしたので・・・」
取りあえずその場凌ぎの言葉を並べた。
「そうか?君みたいな美人にそう言って貰えるのは悪くはないね。」
そこからポツポツと会話が始まった。
蝶子ママの目もある。
取りあえずお客様を楽しませなくてはいけないのだ。
「ユウナさんだっけ?出身はここ?」
「えぇ。生まれも育ちもこの地域です。」
全くの嘘をつく。
「いくつ?俺は28歳。」
「そうですか。落ち着いておられますね。私は26歳です。」
これも嘘をつく。
罪悪感で少し胸がチクリとした。
話はやはり仕事の事からだろう。
俺から話を切り出す。
「大槻さん達はお仕事で来られたのですか?」
「あぁ。急なプロジェクトが入ってね。この地域の会社と取引きが始まるから、その打ち合わせでね。」
「長くいられるのですか?」
「いや、まぁ、今後の仕事の進み具合だが、今回は1週間程だ。」
「そうですか。」
大槻と会話をしている。
大槻と視線を交わしている。
その笑顔も声も、俺の心を震わせてくる。
ここにいるのは大槻からしたら、橘結人ではなくホステス「ユウナ」だろうけど。
出張でこの地に来たようなら
これから偶然に会う事もないだろう。
今夜は俺の中で久々の再会を楽しもう。
これから二度とない再会を―――。
俺は徹してユウナを演じる事にした。
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