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橘 結人side
昔、大好きだった人がいた。
名前は大槻一哉(おおつきかずや)同じ大学で同じ学部に通っていた男だ。
切れ長の涼しい目に高い鼻。
整った顔立ちの大槻はクールな雰囲気を醸し出しているが、笑うと雰囲気が柔らかくなり優しさを感じた。
初めて出会ったのは大学二回生の時、同じ講義でたまたま隣の席に座ったのがきっかけで仲良くなった。
俺が教材を忘れたのに気が付いたのか、声を掛けてきてくれたのだ。
「忘れた?一緒に見ようか。」
優しい笑顔と声に胸が鳴ったのを覚えている。
それから徐々に友人としての距離が縮まった。
元々引っ込み思案な性格の俺は、大学でなかなか気の合う友人が見つけられなかったが、大槻と親しくなると共に彼の友人を含め、少しだか交流の輪が広がった。
お互い文学が好きで内容を語り合ったり、音楽の趣味も合うのかCDもよく貸し借りしていた。
構内では常に一緒にいたし、周りからお前らいつも一緒だな妖しいぞと、よく茶化された。
大槻はとにかく頭が良くて試験前はいつも勉強を教えてくれた。
教えてくれている時の、静かで男性的な声が心地よかったのを覚えている。
あの声で名を呼ばれると、胸が鳴った。
俺は自然と大槻に惹かれていった。
同時に自分が男性を恋愛対象にする性癖の持ち主だと分かった。
道理で年頃になっても女の子に何も感じないはずだった。
思い返せば、思春期の頃から男の裸に魅力を感じていた。
ただそれは自分の貧弱な体に対する、コンプレックスからの憧れかと思っていた。
正直、受け入れがたい事実で、恋心を自覚した時には愕然とした。
これまでの人生観が覆されたような、そんな感覚だった。
当時、大槻には付き会っている彼女がいた。
かなりの美人だったのを覚えている。
同じ大学の子にも、よく告白されていた。
コンパにもよく顔を出していたし、言い寄る女は多かった。
勉強が出来、格好良いとなれば女が放っておくはずがない。
けれど、大槻は長続きするタイプではないらしく、在学中よく彼女が変わっていた。
歴代の彼女が大槻の隣で笑うのを見かける度、俺は激しく嫉妬した。
あの隣にいるのが俺だったらいいのに。
俺にも彼女と同じように笑いかけて欲しい。
どんな抱き方をするのだろう?
全部、全部…
俺に向けてくれたらいいのに――と。
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