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蝶子ママは基本、節操無しの振る舞いは控える様、店の子にも重々注意していた。
店で過ごす限られた時間で、最高のおもてなしと、癒しの時間と空間をお客様に提供するのがプロだと、アフターやプライベートを下品に駆使するホステスなど、風俗と変わらないと厳しい表情で語っていた事があった。
とはいえ、中には利害関係も生じる事があるこの世界。
時には女であるからこそ、女の武器を最大限に使う。それは最終兵器だけれどもと語っていた。
夜の世界を生きてきた蝶子ママの歴史を垣間見た瞬間だった。
「ははっ・・・」
何の笑いかわからないが、漏れてしまった。
俺は女ではない。
しかし、大槻は女である俺―ユウナを見て、男として当たり前の反応、眼差しを向けていた。
男に欲情する奴じゃない。
彼の隣に位置するのは女なのだ。
昔からわかり切っていた事なのに、久々の再会でそれを決定付けられた気がした。
また来る―。そう言っていた。
―本当に来るのだろうか。
大槻の名刺を再び見つめる・・・これは捨てるべきなのだろう。
だけど俺は捨てる事が出来なかった。
連絡する事など無いというのに―。
*****
―翌日、土曜日は生憎の雨だった。
朝から降り続く雨は夜になっても止む気配はなく、先日梅雨入りした事で湿気が酷かった。
土曜の夜は常連客が多い。今日もクラブの大半を占めていた。
客曰く、休日前の夜は仕事の事など気にせず楽しめると言う。
今日の衣装は大きく背中が開いた赤のロングドレスだった。
背中が開いているのはスースーするが、ちなみに衣装は基本蝶子ママのホステス現役時代のお古だ。
ここまで肌を露出して男とバレはしないのかと冷や冷やするが、澪さんが言うには色っぽい背中だそうだ。
俺は昨日途中で機嫌を損ね帰ってしまった医者の男の席についていた。
昨日の事もあるので、今日はいつもより会話を弾ませ、リップサービスをしなければならない。
「田所さん、今日は沢山御飲みになるのですね。」
医者は田所という名で、年齢は確か30歳ぐらいだった。
言葉遣いはやわらかいが、虫の居所が悪い時は横柄な態度を取る時が多かった。
昨日みたいな事が続くと、さすがによろしくないので神経を使う。
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