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「ユウナちゃん~付き合ってよ~。僕、結構本気だよ」
そう言って俺の背中にソッと手を添えている。
時折撫で回すように動く手は、正直気持ち悪い。
恋愛対象は確かに男だが、こういうのは好きではないし誰でもいいわけではない。
「田所さんなら、もっと素敵な女性がおられるでしょう?私なんて勿体無いです。院長さんですし、モテるのでしょうね」
俺は言葉を選びながらやんわり断る意思表示を見せた。
田所のこういった誘いは最近になって特に多い。
あまりにしつこい場合は蝶子ママが上手い事してくれるのだが、蝶子ママだって忙しい。極力自分で対応するようにしている。
しかし今夜はしつこかった。
「そう言って逃げようとしてるでしょ~?今日はうんって言わせるまで帰らな~い!」
背中に添えられていた手がグッと腰に回された。
「田所さん、おやめ下さい。これじゃお酒が作れないです」
回された手をそっと外し、ここは笑顔で乗り切る。
「ほんとガード固いなぁ。ねぇ、最近オープンした有名シェフのレストランがあるんだ。予約が全然取れなくて、一般人はなかなか入れないけど伝手があるんだ。行こうよ~」
「そんな高級なレストラン、敷居が高過ぎて一介のホステスの私には申し訳ないです」
とにかく笑顔でやんわり断り、入れ直したウイスキーの水割りを手渡した。
「・・・ったくよぉ」
田所が低い声で何か呟いたかと思うと、グイッと水割りを飲み干し、机上にグラスを力いっぱい置いた。
その拍子でグラスがバリン!と大きな音を立てて割れた。
「あっ、田所さん!大丈夫ですか!」
慌てて怪我がないか確認したが血は出ていないようだ。ホッと安心した瞬間―
「たかがホステスが気取ってるな!!!大人しく付き合えばいいんだよ!!!」
立ち上がった田所が激高し大声を上げたのだ。
その様子にクラブ内は何事かと、シーンと静まり返り俺たちに注目した。
「田所さん、落ち着いて下さい。とにかく座って下さい。」
これ以上刺激しない様に静かな声で促したが、無駄だったようで…
「お前らホステスなんか、黙って客の言う事聞いてりゃあいんだよ!!!客を満足させるのが仕事だろうが!!断る権利なんてないんだよ!!!」
「あの、他のお客様のご迷惑になりますので・・・」
俺のその台詞がいけなかったのが、田所が睨みつけると腕を振り上げてきたのだ。
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