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―それって・・・もしかして。
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
「もう何年も前になるが、いきなり姿を消してね。元気にしているといいのだが…」
「そ、そんなに似てます・・・か?」
声が震えそうになるが堪える。
「あぁ、似ているかな。色素の薄い瞳が彼も綺麗だった。大人しいけどいい奴だった。」
懐かしそうに目を細める大槻に、俺は涙が出そうになった。
大槻の中に少しでも俺の存在が残っていたのだ。
それだけなのに、ただ嬉しい―。
「あぁ、すまない。似ているのは男性なんだ。君は女性なのに・・・男に似てると言われ気分を害していたら……本当にすまない。」
「いえっ、そんな……大丈夫、です。」
ヤバイな。本当に泣きそうだ。
俺はそれを隠す様にグイッとウイスキーを飲んだ。
「ん?結構飲めるのか?」
「本当はあまり強くないんです。」
「悪酔いしてはいけないよ。」
大槻は俺の頭をポンポンと優しく叩いてくれた。
ウィッグ越しなのであまり感触は感じないが、彼の掌の体温が伝わった感じがした。
大学時代、色素の薄く柔らかい俺の髪を、クシャクシャと掻き回してくれる事が多かった。
その度に大槻の大きな手が愛おしかった。
「そういえば君は毎日この店に出ているのか?」
「いえ、金曜と土曜の夜はいますが、あとは決まっていない平日の夜一日だけです。」
「そうか……。」
大槻が顎の下に手をやった。
これは彼が何かを考える時に見せる仕草だ。
そんなところは変わっていないのだと、懐かしむ。
「だったら、あと一回しか会えないな。次の金曜の夜には東京に帰る予定でね。」
「……そうですか。」
「だったら尚更電話でも欲しいところだが・・・君の番号は教えられない?」
大槻はどうしてそこまで、まだ会って間もない「ユウナ」に迫るのだろうか―。
世の男が出張先で一夜だけの関係はよくある話だと聞いている。
そういう場合は、大抵こういった夜の仕事をした相手にする事も。
大槻も、今回の出張でそんな事を考えているのだろうか。
名刺を貰った時点でその可能性は大だったが―
改めてそれを認識すると・・・内心複雑だ。
もし大槻が、一夜限りの関係を求めるのなら、早い事その気が無い事を明確に示さなければならない。
それは絶対に叶えてやる事の出来ないお願いなのだから―。
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