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慣れた仕草で衣装を纏う――。
室内に設置された全身用の鏡で体のラインを確認した。
用意された衣装はスリットの入った濃紺のロングドレスだった。
男とバレてはいけないので、細心のチェックをする。
小さめの胸パットがついているので、小ぶりの胸と言えば通用するし、元々俺は細身だ。
生まれつきか、色素も薄いので肌も白い上に、腰も腕も男性的な太さはない。
声変わりも然程しなかったので、少し声のトーンを高めれば大丈夫だと言われているし、地声でも少し低めの女性の声で通るみたいだ。
喉仏は小さいが、少し不安なのでストールやスカーフを巻く事にしている。
―そう、俺はここ『クラブ・蝶』で、夜は女装してホステスとして働いている。
なぜ働く事になったのかというと、それは3ヵ月程前に話は遡る。
「…何ですか?神谷さん。頼みって?」
俺は行きつけのバー…とは言っても、そこは特殊なバーで、巷で言うと発展場みたいなところだ。
大学時代のあの恋から、自身の性癖を知った訳だが
時に、どうしようもない寂しさが心と体が襲う事がある。
特に彼…「大槻一哉」を思い出した時は、無性に誰でもいいから傍にいてほしくなる。
そういう時に利用しているが、俺は基本、話相手を求める事にしている。
利用客には身体の関係を持つ人達もいたし、店内でイチャイチャし出すゲイのカップルもいた。
前は、合意の上で、何度か身体の関係を持った事もあった。
男性同士の行為に興味があったし、何かが変わるかもしれないと思ったからだ。
しかし実際は、頭の中で必死に記憶の中の大槻をイメージしながらの行為だった。
身体の快楽はあったが、心が満たされなかった。
そこで覚ったのは、俺は何年経っても大槻に抱かれたいと思っている事と、終わらせた恋は、まだ心の奥で燻っている事だった。
そこの常連で顔見知りの神谷竜二(かみやりゅうじ)が頼みがあると言い、俺を呼び出したのだ。
名前は極道のようで、見た目も筋肉ガチムチの男だが…
「ごめんね~!結ちゃ~ん…」
言葉遣いはオネェだ…。
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