紙の城

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思えば彼女は最初から俺のお気に入りだった。 兄の家に行くことは両親に止められていたが、どうしても見たくて運転手の山根に頼み込んで連れて行ってもらった。 彼女の第一印象は『天使』。 生まれてすぐ見に行ったのなら、きっと『真っ赤な猿』だったんだろう。 だが、あいにく彼女が生まれたと俺が聞いたのは、生まれてから半年も経ってからだった。 山根はずっと兄の運転手を務めていて親しかったから、兄が勘当されてからも密かに連絡を取り合っていたらしい。 生まれたと知っていたなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだと山根を散々責めた。 兄の子どもなら、俺の姪だ。 10歳にして”叔父さん”になってしまったのは嫌だったが、姪に対しては興味津々だった。 俺は両親にとって年取ってから出来た想定外の子どもだった。 そのせいで兄や従兄たちとは年が離れていて、自分よりも年下の親戚というのがいなかった。 次男だし、まだ小さいからと放っておかれていた俺が、兄が勘当されたせいで突然後継者の最有力候補になってしまった。 手のひらを返すように擦り寄ってくる連中に辟易していた俺が、生後半年の天使に癒されたのは間違いない。 親の目をかいくぐって、俺は兄の家に頻繁に通うようになっていった。 「孝之坊ちゃん。坊ちゃんが綺麗な年上の女性に憧れる気持ちはよくわかりますが、良くないことです。」 ある日、山根が思いつめた顔でそんなことを言い出した。 「年上の女性?」 「美咲さんは俊之坊ちゃんの奥さまです。それはわかっていますよね?」 「知ってるよ。」 どうやら山根は俺が兄の妻に恋をしたから、兄の家に通っているんだと誤解したようだ。 とんだ勘違いだとわかって山根と大笑いした。 兄が5歳も年上の女性に一目惚れして、強引に口説いて妊娠させたというのは、子どもの俺の耳にも入ってきていた。 そのせいで、兄は勘当されて高校も中退してしまった。 正直、兄のことをバカだなと思っていた。 子どもを堕ろして女性と別れろと言った父の言うことを聞いていれば良かったのにと。 でも、そんな考えは天使を一目見た時に、間違いだと気付いた。 兄は正しい。この天使にはそれだけの価値があると思った。 天使の名前は、篠ノ井 美弥(しののい みや)。
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