蜜月

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「孝之さん、どうしちゃったの?」 助手席から美弥も不思議そうに尋ねた。 自分でもよくわからない。 今まで感じたことのない猛烈な焦燥感。 「あの人、本当は親友じゃないの?」 「いや。親友だよ。」 長年、自分の恋心を隠してきても”親友”と言えるのならば。 「だよね。ビックリしたよ。私の名前を知ってるから。」 パーティーに同伴しても、美弥のことは『私の大事な人です』としか紹介してこなかった。 名前を聞かれても教えられないと答えたし、写真撮影も絶対に許さなかった。 すべては美弥をハイエナから守るため。 美弥も俺自身もそう信じていた。 …でも、そうじゃなかった。 本当に守りたいなら、そもそもパーティーなんかに連れて行かなければいい。 美弥を連れ歩いて、恋人のように振舞いたかっただけだ。 名前を教えないのは、美弥を俺だけのものにしておきたかったから。 それを光貴にぶち壊された。 あの紙の城のように危うい2人だけの世界を。 「この間は悪かったな。兄貴のことは篠ノ井の汚点だから、美弥の名前を出されて動揺したんだ。」 「そうか。いや、こっちこそ悪かった。彼女の正体をおまえがひた隠しにしているなんて知らなくて、不用意だった。」 電話で光貴に謝れば彼も納得したようで、俺は胸を撫で下ろした。 「それにしても、かわいい子だな。おまえが溺愛するわけだ。」 光貴の言葉に黙り込む。 かわいい子だ? あの一瞬で美弥のかわいさが本当にわかったのか? せいぜい見た目のかわいさだけだろう。 俺が溺愛しているって、本当にわかったのか? もう何年もどっぷり溺れてるって。 「ああ見えて、結構気が強いんだよ。」 ”かわいい”も”溺愛”もムキになって否定すれば、見抜かれる。 だから、俺はサラッと流そうとした。 「そういう女もいいな。今、付き合ってる男はいる?」 「は?」 「冗談だよ。おまえを”叔父さん”なんて呼びたくないからな。」 笑って電話を切った光貴は、俺の動揺にたぶん気づいていない。 美弥が10歳も年下だということは、光貴をその気にさせるだけだ。 女は若ければ若いほどいいなんて言う奴だから。 激しい嫌悪感に襲われた。 ―― 嫌だ。美弥は誰にも渡したくない。 光貴にも誰にも。
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