上からのチカラ

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美弥が5年間勤めていた会社をクビになったと聞いたのは、退職した日の夜だった。 大学時代、篠ノ井グループのバイトを紹介してやろうとしたのに、美弥は頑なに拒んで学生課で紹介された家庭教師のバイトをしていた。 それは、母親にバイト先を知られたらマズいと思ったからだろうと納得したが。 同様に、就活で失敗しても美弥が俺を頼ることは一切なかった。 いくらロンドンにいても、それぐらいの力は俺にはあったのに。 もどかしく思いながらも、そうやって1人で立とうとする美弥が誇らしくもあった。 美弥が自力で見つけて掴み取った就職先は、小さいが安定した会社だった。 それなのに、いきなりのリストラ。しかも、その対象者は美弥ただ1人。 美弥本人は疑問に思うこともなく受け入れていたが、突然のことでショックが大き過ぎたせいだろう。 冷静になって考えれば、おかしいと気づいたはずだ。 せめて退職前に知らされていたら、何とか出来たかもしれないが、もう今更美弥を復職させる方が不自然になってしまっていた。 少し調べれば、すぐにわかった。 父が圧力をかけたのだと。 「どういうつもりですか?」 久しぶりに実家に帰ってきた俺を見て嬉しそうな母とは対照的に、苦虫を噛み潰したような父の顔。 その顔を見たら、つい問い詰めるような口調になっていた。 「いきなり何のことだ。」 「とぼけないで下さい。美弥を退職に追い込んで、どうするつもりですか?」 今まで実家で美弥の名前を口にしたことはない。 父とはオフィスで話したことがあるが、母の前では兄と兄の妻子のことは口にしないように気を付けていた。 だから、今、目の端に驚いた顔の母の姿を意識して、ほんの少しの罪悪感を覚えたが、もうそんなことに構っている余裕はなかった。 半年前、無理やり帰国した時、父に叱責された。 たかが女のために足元を掬われる気か、と。 一応、対外的には俺が会長の後継者ということになっている。 しかし、実際は後継者争いがあって、従兄たちが虎視眈々とその座を狙っていた。 正直、俺にはそんなことよりも美弥のことの方が気がかりで。 この半年、そんな俺の”我がまま”を埋め合わせして余りある成果を上げてきたつもりだった。 それなのに、俺ではなく美弥に矛先を向けるとは。
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