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山内 亘と名乗るその男が、美弥を連れ戻すために事情を説明しに来た。
パッとしない男だな、というのが第一印象。
背は高いが、平凡な男。いや、平凡以下だ。
30前なのにもうハゲかかっているし、メタボ体型で。
見た目だけで言えば、なぜ美弥がこいつに惚れているのか納得できなかった。
勤務先は誰もが知っている一流企業ではある。ということは、そこそこ仕事が出来る男なのだろう。
営業をやっていると言う割には、無愛想だが。
それでも、若い女性が浮気相手という立場に甘んじても、身体の関係を続けたがる相手には見えない。
まあ、その辺は見た目では判断できないことだ。
山内のアレやテクニックが相当なもので、その女性も美弥も溺れるほどなのかもしれない。
想像したくなんかないのに、山内に組み敷かれている美弥の姿が脳裏をよぎった。
山内の浮気は美弥の勘違いだろうと確信したのは、彼がパッとしない男だからという理由だけではない。
どう見ても、美弥にベタ惚れなのが明らかだったから。
瞬時に俺を敵視したのも、美弥を愛するがゆえに俺の美弥への気持ちに感づいたからだろう。
山内の説明を聞けば、その女性のストーカー的行為に振り回されていたことがわかった。
世の中には物好きがいるものだ。
でも、美弥が山内を愛する理由はなんとなくわかった。
山内は無愛想で無口な男だから、口先だけの誤魔化しや嘘は言わない。そんな風に見えた。
甘いマスクや言葉で女心をくすぐるんじゃなくて、想いを身体でぶつけるタイプ。
きっと美弥にとって、愛を信じられる幸せなセックスが出来る相手なのだろう。
「どうする? 美弥。俺は一生おまえとここで暮らしてもいいと思ってるけど。」
俺の本音に山内の左の眉がピクッと上がった。
「ありがと、孝之さん。亘と一緒に仙台に戻るね。お騒がせしてごめんなさい。」
浮気疑惑が晴れて、山内と一緒にマンションを出て行く美弥を見送った。
あの男が美弥を幸せにしてくれる。一生、美弥を大切に守って、平凡だけど穏やかな日々を一緒に歩いて行ってくれる。
不思議なことに、そんな確信めいた予感がした。
性格だって完璧からは程遠い男だ。それは美弥も同じこと。
だからこそ、2人はお互いを必要とし、補い合い、助け合っていくんだろう。
頭では理解した。これでいいんだと。
でも、心はそうはいかない。
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