選ばれし者

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*** 神前で美弥と並んで、誓詞を読み上げる山内。 いや、”読み上げて”いない。 山内は手元の紙に目を落とすことなく、淀みなく朗々とした声で美弥への愛を神に誓った。 きっと何度も練習したのだろう。その言葉が上っ面の朗読ではなく、己の魂のこもった真実の誓いとなるように。 山内がそういう男だということが、この半年余りの付き合いの中でわかってきた。 結婚式の前、美咲さんが交通事故に遭ったために、期せずして美弥は父親と15年ぶりの再会を果たすことになった。 ギクシャクした父娘の仲を取り持ったのは、美弥と入籍を済ませていた山内だった。 「子どもが生まれたらお知らせしますので、是非顔を見に来て下さい。」 彼のこの一言で美弥が歩み寄り、兄はありがとうと涙を零した。 兄は今日の式に招待されたものの遠慮して欠席した。それでも、どこかの空の下で美弥を祝福している。 美弥にそう信じさせてやることの出来た山内に、俺も深く感謝している。 その他にも、入院中の美咲さんのために、山内は式を延期するよう奔走したり、休みのたびに美弥を連れて病院に見舞いに行っていた。 その後、盛岡に転勤になってからは、山内の実家の農作業の手伝いに美弥を度々連れて行っているらしい。 「私が亘の家族や方言に慣れるようにって連れて行ってくれるんだけど、ずっとそばにいてくれるから心細くないの。 そんなに頻繁でもないけど久しぶりで緊張するほどでもない絶妙な間隔をあけてくれるから、億劫に感じないんだ。」 そんな山内の心遣いのおかげか、今日、向こうの親族と話す美弥の笑顔がとても自然で、何だかホッとした。 ヨーロッパのどの言語よりも意味不明な言葉を交わす美弥を尊敬の目で見ていたら、俺の気持ちがわかったのか美弥はクスッと笑った。 「すごいでしょ? だいぶ方言もわかるようになったんだ。 亘がね、愛する美弥の大切な家族は俺にとっても大切な家族だって言ってくれるの。 私も最近そう思えるようになってきた。最初に会った時はムッとする人もいたんだけどね。」 美弥が俺の耳元でそう囁いたのを、山内はギロッと睨んでいたけど。 いい奴だと思う。 少なくとも、美弥にとっては。たぶん、世界一いい男なんじゃないかな。 やっと、俺のココロもそう思えるようになった。
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