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神社の敷地内にある建物で催された披露宴は、ささやかだが温かいものだった。
いささか田舎の演芸大会の様相を呈していたのは否めないが。
新郎側の親族の数が多すぎて、美弥も仕方なく招待客を増やしたらしい。
盛岡に引っ越してから始めた美弥の仕事は着付け講師で、その同僚のおばさんたちがアイドルの歌を歌って踊ったのは痛かった。
なぜか田舎のおっさん連中が『一人一芸だ』と盛り上がる中、仕方ないので俺はジャグリングを披露した。美弥も知らない俺の特技だ。
美咲さんが演歌を熱唱して、涼介と雄大がギターを弾きながらラブソングを切なく歌い上げた。
ニコニコしながら拍手していた美弥が、涼介の気持ちに気づくことはたぶん一生ないだろう。
中学生のあいつの気持ちに気づいたのは、俺が同じ禁断の恋に悩んでいたからか、同じ相手を想っていたからか。
どっちにしろ、あいつは俺の上を行く自制心の持ち主で、ポーカーフェイスだということは確かだ。
俺の気持ちは山内にも美弥にも薄々感づかれているみたいだから。
披露宴のクライマックスは花嫁から母への手紙。
でも、美弥の目には涙はなかった。最高の笑顔で感謝の気持ちを伝え、これからもお願いしますと頭を下げた。美咲さんも笑顔で頷いていた。
それは、2人を結ぶ明るい未来が見えているからだろう。
美弥のお腹には命が芽生えている。
安定期に入ったばかりでまだ目立たないが、愛しそうに何度もお腹をさすっていた。
そんな美弥の姿は、今まで見てきた中で1番幸せそうに光り輝いていた。
金屏風の前で招待客を見送る美弥と見つめ合った。
「おめでとう。新しく生まれてくる美弥の家族は俺にとっても愛しい家族だよ。」
それは、おまえが俺にとって誰よりも愛しい大切な女だから。
「ありがとう。今までもこれからも。」
美弥の言葉に頷いた。この気持ちはしっかり伝わっている。
山内に『美弥をよろしく』なんてことは言わない。
たぶん、俺が死ぬ間際まで言えない。
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