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「お母さん、どうだった? もうつわりはおさまった?」
食卓を小さいものに買い替えたので、夕食を食べながら子どもたちも気軽に話しかけてくる。
京は優しい子で、美弥の体調が気になって仕方ないようだ。
夫婦2人になったのをいいことに、節操のない山内はまた美弥を孕ませた。
今年40歳になる美弥には妊娠も出産もリスクが高いというのに。
どうにも心配で福岡への出張にかこつけて度々美弥の様子を見に行く俺を、山内が面白く思っていないことは百も承知だ。
「もうだいぶいいみたいだった。恒と京が夏休みに会いに来るのを楽しみにしてたよ。」
「うん。バタフライを泳げるようになったから、お母さんに見せてあげるんだ。」
親元を離れていても、心身ともに健やかに育っている2人に安堵する。
父も穏やかな表情で頷いていた。
回り道したものの真壁製薬の社長に収まった光貴とは、今でもたまに飲みに行く仲だ。
バツが2つ付いて子どももいないまま、未だに若い女と浮名を流している光貴には、俺の生き方は修行僧のように見えるらしい。
「俺たち、まだ50になったばかりだぜ? 結婚や子供はいいとしても、男としてそれでいいのか?」
その後に続く言葉は、『最後に女を抱いたのはいつだ?』だ。いつもそう。
「おとといの夜。」
いつも肩を竦めるだけだった俺が、そう答えたものだから、光貴が凄い勢いで詰め寄って来た。
「え?! まさか、ついに美弥ちゃんと?!」
「久しぶりに美弥が抱きついて来たんだ。息子たちへのハグの伝言だって。」
「ハグ? 何だよ。俺はてっきりおまえの長年の夢が叶ったのかと。」
ガックリと肩を落とした光貴は友達思いのいい奴だ。
きっと1度ぐらいは思いを遂げさせてやりたいと思ってくれてるのだろう。
「美弥は俺にとっては最初から天使なんだよ。俺の長年の夢は天使の羽をむしって地に堕とすことじゃない。天使の笑顔を守ることなんだ。」
やれやれと呆れたように首を振った光貴も、実は恒と京の成長を楽しみにしていることを俺は知っている。
「天使を守るなんて言ってても、結局は天使たちに救われてるんだけどな。」
恒と京を預かることにして、やっと父と俺のぎくしゃくした関係は修復された。
それを知っている光貴は、カツンとグラスを合わせた。
「天使たちに乾杯。」
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