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「涼介は来られないようだね。」
「はい。お義母さんの具合が良くないようで。」
美咲さんが貧血で何回か入院したことは兄から聞いていた。内臓のどこからか出血しているらしいということで、検査しているという話だった。
兄は美弥たちの結婚式の後、笠井に移り住んだ。
美咲さんや涼介に会いに行くでもなく、ヨリを戻そうとするでもない。
同じ市内に住んでいるだけなので、涼介も文句を言えないでいるようだ。
それでも、美咲さんの容体を兄が知っているということは、涼介から聞けるような関係になったのかもしれない。
もう兄も女をとっかえひっかえするようなバカなことはしていない。
ただ美咲さんのそばで生きていきたい。そう思っているのかもしれない。
「退院後、早速困るんじゃないのか? 義姉さんに助けてもらえないんじゃ美弥も大変だろう。美弥と赤ん坊もうちで預かるよ。」
断られることはわかっていたが、ダメ元だ。
恒と京の時だって、美弥は里帰りせずに育てた。最初の2週間だけ美咲さんに来てもらって。
「いえ、大丈夫です。ブランクはあっても3人目だから要領はわかってるし。俺も育休を取りますから。」
「そう言うだろうと思った。」
ハハッと笑いが零れた。
何年たっても山内は変わらない。美弥を溺愛して、決して離れようとはしない。
それは美弥も同じことで、そういう相手と結婚して幸せでいてくれて良かったと思えた。
かすかに赤ん坊の泣き声が聞こえて、俺たちは顔を見合わせて立ち上がった。
恒と京も緊張した面持ちで立ち上がる。
バタンとドアが開いて、出てきた年輩の助産師が頭を下げた。
「おめでとうございます。男のお子さんです。お母さんも大丈夫ですよ。」
「弟だ!」
ハイタッチする子どもたちを横目に、山内の肩を叩いた。
「おめでとう。美弥も無事で良かった。」
たぶん、今、俺たちの気持ちは同じだ。
美弥を失うかもしれないという恐怖からの解放と、赤ん坊が無事に生まれた安堵と喜び。
「ありがとうございます。また家族が増えました。」
晴れやかに笑った山内に深く頷いた。
そうだ。また生まれたんだ。
俺の大切な家族が。
END
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