第3章 演奏会

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 演奏会の当日、アヤは母親と一緒に上野の演奏会場へ来ていた。太陽の光が降り注ぎ、人々の顔を晴れ晴れとさせていた。木々の間に聳え立つその建物は古く、独特の雰囲気が漂う。いつか映画で見た、中世のオペラ座の様だ。ホールにはすでにお弟子さん達が集まっていた。そよ風は吹いているのにバーコードの髪がぴくりとも動かない先生の姿が見える。奥様と一緒だ。母は駆け寄り、挨拶をしに行った。 アヤは一人庭を散歩することにした。まだ開演まで時間はたっぷりある。緊張を和らげないといけない。 その庭の池はきらきらと水が光とともに輝き、アヤの目を眩しくさせた。水面には紫色の小さな花々が咲き、黄色い蝶が飛んでいた。 「こんにちは」 茶色の髪が光に輝くコウダイはブレザーをわきに抱えてはいたが、こんな時でも白いTシャツだ。 二人は時折視線を合わせ、無言で暫く庭を歩いた。 「そろそろ会場に行かないとね」コウダイは笑ってみせた。  アヤの出番がきた。客席からは大きな拍手が聞こえてくる。肩の線が細い黒髪のピアノ伴奏をしてくれる女性と一緒にアヤは舞台に立った。純白のドレスの裾が気になり、時折足首が痒くなる。そして一礼をすると席に座った。観客は静まりかえる。ピアノの女性と目で合図するとアヤはピアノ伴奏を聴いた。曲に乗り、そしてアヤも弾き始める。昨日まで毎日特訓した成果だったかもしれない、弓の引き方も音も完璧に指が覚えていた。「楽譜を良く見て」バーコード先生の言葉が聞こえたような気がした。 だがアヤは暗譜で弾いていた。目では五線譜を追いかけてはいたが、読んではいなかった。フォルテ、メゾピアノ、ピアノ。色々な記号が頭に入っていたが、もはやどうでもいい気持ちになっていた。ビブラートは心まで揺らす。アヤは夢中でチェロを弾いた。もう自分が演奏会の舞台に立っていることすら忘れるほどだった。 水が…湖が突然、脳裏に浮かぶ。白鳥が羽を広げる。ゆっくりと音楽に合わせて。青と金色と紫の映像…。 アヤはチェロを奏でながら我を失っていく感覚に陥っていた。 観客がざわめき始めた。
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